ブランド対談 #22

HOME» ブランド対談 #22 »[ブランド対談]コンセプトありき、EC時代のデザイン経営

ブランド対談 #22

[ブランド対談]コンセプトありき、EC時代のデザイン経営

コンセプトありき、EC時代のデザイン経営

木村祥一郎氏
木村石鹸工業株式会社
木村石鹸工業は、大正13年(1924年)創業の洗剤・洗浄剤メーカーとして100年近い歴史を持つ「老舗」企業。日本国内では数えるほどしかなくなった「釜焚き製法」によって石鹸成分を製造されています。自社工場での手作りの純石鹸成分を使った「安心・安全」な原料で妥協しないモノづくりを行ってこられました。

その高い品質が認められ、品質基準の厳しいカタログハウス社「通販生活」や日本生活協同組合(生協・コープ)が20年以上取り扱っておられます。しかし、長年のOEMに依存した経営が難しくなり、4代目社長として就任された木村社長が取り組んだのが「デザイン経営」。

2015年より自社ブランドを開発、ハウスケアアイテムシリーズ「SOMALI」を皮切りに、次々と新しいブランドを立ち上げられています。今回、大阪・八尾市の同社本社を訪問、「デザイン経営」と「ブランド」について、木村社長にお話を伺いました。(特定社会保険労務士 社会保険労務士法人ソーケム代表社員 伊藤佳代氏も同行いただきました)
100年家業からのヘルプ
陶山:木村社長は元ITベンチャー企業の共同経営者で、2013年に4代目として入社、2016年に社長に就任されましたが、当時の木村石鹸工業の印象や事業承継にあたって意識された点は何でしょうか。

木村氏:創業の地は大阪市平野区ですが45年前にここ八尾市に移ってきたのは僕が4歳か5歳くらいの時です。ここに家族で住んでいて、親父は飯食ったら工場で仕事するというのが、小学校上がる頃に覚えている風景ですね。社員も親父の従妹が1人か2人いただけでほぼ家内工業でした。

僕が物心ついた頃からずっと「お前は跡取りや」と親父から言われていて、言われれば言われるほどイヤになって絶対に継がないって思い始めてから家業に全く関心無いし一切タッチしませんでした。大学で京都に行ってからほとんど家には寄り付かず、とにかく商売はしたくないしクリエイティブな仕事をしたいと思い起業しました。

親父は僕が継がないと諦めて外部の事業承継を2回したんですけど、それがうまくいかなくて助けて欲しいと言われて。戻ってくるまで木村石鹸が何をやっている会社かほんとに何も知りませんでした。

陶山:木村社長は4代目となりますが、お祖父さまからずっと引き継がれてきた歴史というのは?

木村氏:初代の曽祖父の時代の歴史は全然知らないですが、戦争で一度廃業して戦後に祖父と親父がもう一回石鹸屋をやろうと木村石鹸を復活させたんです。当時は家庭用の固形石鹸を作っていましたが、なかなか価格的に厳しくて商売にならない。でもその後、転機が2回ありました。

最初の転機になったのが銭湯用の洗剤。当時は各地で銭湯が増えていった時代で、銭湯のお風呂を洗う洗剤を作ったら全国の銭湯で採用されてヒットしたんです。それが会社として大きくなるきっかけになりました。親父曰く、本当かどうかわかりませんけど、「銭湯で使われている洗剤としてはシェア1位やったはずや」と。まあうちみたいな会社の規模でそんなはずはないと思いますけど(笑)。

2回目の転機は今から30年くらい前、生協さん専門の企画会社さんから、銭湯用の業務用洗剤ですごくよく落ちる石鹸があると聞いて、OEMで生協さん向けに家庭用洗剤を作らないかと声をかけていただいて、そこから初めて家庭用を作るようになったんです。

僕が2013年に木村石鹸に戻った頃は、家庭用が70%、銭湯やクリーニング店、あと金属のバレル研磨とかの業務用が30%、という状況の中で戻ってきました。

陶山:売上的にはどうでしたか?

木村氏:2001年から2013年までのデータを見ると、売上はほとんど変わっていませんでした。7億から7億5千万の間を10年以上ほとんど伸びもしないし減りもしない、安定している状態ですね。2006年と2007年だけ生協向けの商品がすごくヒットしたことがあって、その時だけポンと10億いったことがありましたけど、その後、元に戻りました。圧倒的に業務用が多かったのが、家庭用がどんどん増えてきて、でも売上は変わらないという。

陶山:家庭用は全てOEMだったんですか?

木村氏:OEMしかないです。それも販路は生協さんとカタログハウスさんのみ。その2つで5億以上ありました。でも営業利益を見ると、2006年までは15%~20%近い水準でしたが、2006年以降はずっと右肩下がり。固定費はほとんど変わらないけれど粗利がどんどん減っているんですね。2013年に僕が戻ってきたときは利益がほぼ無い状態でした。

生協さん向け商品も、当時デフレだったこともあって値上げはできない。でも商品のバージョンアップはしたいし、新たに作る商品も安い商品で展開したいと。とはいえ原料はどんどん上がっていく状況の中で、結局営業利益を食いつぶしながらなんとか続けてきて、僕が戻ってきた2013年には、このままOEMを続けていても利益は出せないという状況でした。

財務的には過去の蓄積があって新しく投資できる余力もありましたから、そんなめちゃくちゃ逼迫している感じではなかったのですが、あと2、3年で新規事業を立ち上げてOEM依存の状況を変えなければ・・・というタイミングでした。

進まない構造改革
陶山:売上よりも利益を上げると?

木村氏:利益を出すにはまず既存の構造の中を改善していこうと。例えば集金活動。業務用の取引先が80社くらいありましたが、昔からの古い体質がずっと残っていて、毎月末になると2人の営業マンが一週間かけて取りにいくんです。そんなの振込にすれば済む話じゃないですか。でも「業務用のお客さんは昔から毎月顔を出すことで取引していただいているんだから、集金に行かなければすぐ(他社商品に)チェンジされてしまう」とずっと続いていたんです。

でも僕は、そもそも振込に変えられないお客様とずっとつきあっていても先は無いと思うので、もう仕事無くなってもいいから全部振込に変えてもらってください!って強制的に対処したんです。最初は社内的にすごく反発されて、ベテラン社員から「集金活動をやめるなんて悪評が立つぞ」なんて言われましたけど(笑)それで辞めた取引先は2社くらい。ほとんどすぐに振込に切り替えてくれました。

しかも同時に値上げもしたんです。業務用商品は20年以上値上げしていないんですよ。最初に提供した価格のまま。原価計算なんてせずにもう「エイヤー」なんですね。調べてみるとほんとに利益が無い。なのでこれも強制的に20%値上げしました。

陶山:値上げによって取引先は減りました?

木村氏:値上げで減った取引先は数社ですね。その数社にはめちゃくちゃののしられて(笑)。「こんな時期に値上げしやがって。お前とこみたいな会社は絶対潰れるぞ!」て水をまかれたのが1~2社あったくらい(笑)。

20年以上も値上げしなかったけれど、原料の値段はこんなに値上げしているんですって説明したんですね。そしたら「そらそうやわな」と皆さん理解してくれて。でも急には無理なので3ヶ月待ってくれとか、今の値段でとりあえず半年分は注文させてくれとかありましたけど、最終的には全部受け入れていただいて利益も伸びました。

それと『どんぶり勘定』の是正。例えば営業がOEMで見積りを出す際も、小売りや商社のように30~40%が適正だという意識があるので、そこで粗利を50%のせようものなら「ぼったくり」しているような感覚があるんです。

陶山:業界的にはそんなものなんですか?

木村氏:いやもうぜんぜん。製造業なのでどう考えても粗利は50%以上ないと減価償却費など考えても厳しいわけです。うちの場合ずっと設備や機械に投資をしてこなかったので、減価償却費率はめちゃくちゃ低いんです。メーカーの減価償却費はおよそ4~5%くらいですが、うちの場合は1%を切るような状態でした。そもそも減価償却とは何か固定費は何かって分かっていなかったと思います。

陶山:設備はほとんど償却済みという感じで古かったんですね。

木村氏:最初に入れた釜をずっと使っていて、あとは人的にやる。なので工場の環境もよくなかったんです。僕が帰ってくるまで埃を吸う集塵機もありませんでしたし、クーラーも入っていませんでした。

クーラー入れてくれってみんな言うんですけど、親父は「俺ら若い時はそんなん当たり前や。何をぜいたく言うとんねん」て。長年設備投資や環境改善をしてこなかったので、減価償却費が少ないから利益率が高かった。でもそのツケがまわってきたんです。

「きちんと利益を取ろうよ」「環境にも投資していこうよ」というのは、営業マンや管理部の意識を変えていかないといけないなと。とはいえ利益率ってなかなか目に見えないので、この商品は何パーセント利益があるとか、この商品はどうなっているとか、そういう細かい数字の資料を作ってもらってみんな共有して、ゼロから勉強会をやりました。

デザイン経営が生んだ自社ブランド
陶山:伝統の製法を守るOEMメーカーから自社ブランド開発への挑戦をされました。

木村氏:うちはOEMを受けていますが、一部の工程を請け負っているんじゃなくて最初から最後まで全部自社で作っているんです。商品は作れる、でも売る力が無いからお客様に買い取ってもらって相手のブランドで売っているわけであって、自分たちで売れば自分たちで値段をつけられるし利益も増えるじゃないかと。

自分たちが作っている商品はカタログハウスと生協さんで売られていますが、社員的には、「洗剤や石鹸はドラックストアやホームセンターで買うもの。しかも大手メーカーの商品ばかりで価格もすごく安い。あんなところで勝負しても勝てないし売れない」という頭なので、自社商品を組み立てていくという発想は全くありませんでした。なので最初は、こういう流通チャネルでこういうふうに組み立ててやっていけばいいんじゃないかと僕が主導でひっぱっていきました。

陶山:やはり大手のOEMを作ってきたある食品会社さんも、自社ブランドへ転換しようとする際に、既存の機械や設備を使って何が強みになるかということが課題になりましたが、木村石鹸工業の場合の強みとは何でしょうか。

木村氏:石鹸って今は海外で作られたものを輸入して国内で加工しているものが多いので、自社で石鹸を元から造っているのって実は少ないんです。生協やカタログハウスという品質管理の厳しいところでやっていることと、90年以上の歴史があること。この3つを掛け合わせることが「強み」としていけるんじゃないかと。

でも「強み」より先に考えたのは、商品をどこで売るかということです。ドラッグストアやホームセンターで大手さんと直接勝負するのは難しいので、市場として小さい大手メーカーの商品が入らないようなところを探そうと考え、インテリアショップと雑貨屋さんに目を付けました。特に地方でカルト的(熱狂的※1)に人気があるような小さな雑貨屋、例えば中川政七商店さんのような、そういうところで取り扱ってもらおうと考えたんです。(※1 インタビューアーによる補足)

陶山:中川政七商店さんは、いわゆる普通の雑貨店ではなくポリシーや自社ブランドをもっているがある製造小売業ですから、それがコンセプトにマッチしたんですね

木村氏:お店自体に影響力があって感度の高い人が集まっているお店にまず入りたいなと。そこで最初に出したのが「SOMALI」という家庭用洗剤のシリーズです。

洗剤はキレイにするものなのに水回りに置くとキレイじゃない。最近、Instagramでおしゃれなお風呂とかキッチンとかきれいな水回りの写真を上げてらっしゃる人がたくさんおられますけど、そこには洗剤は絶対に写っていないんです。洗剤が写っていてもラベルをはがされているか、無印良品の容器に入れ替えられているか。そういうおしゃれな空間に市販の洗剤を置いている人っていない。

そもそも大手メーカーの洗剤は、ホームセンターやドラッグストアの店頭で買ってもらうために蛍光色のラベルにいろんな説明を載せて売られていますよね。でもそれをおしゃれな空間に置くと台無しになってしまう。ならば、おしゃれな空間にマッチするようなデザインで、且つ安心安全な商品を、感度の高い人たちがいる雑貨店で展開する。そうすればある一定の層には響くんじゃないかって考えたんです。

「SOMALI」ヒットの裏側
陶山:「SOMALI」は御社のフラッグシップ商品ですが、その開発の経緯、ブランドストーリーについて教えてください。

木村氏:デザイナーさんを募集する際に、こういうブランドを作ろうと思っていますと大阪市が設置した「クリエイティブセンター大阪 メビック」でプレゼンさせてもらったら50社くらい手を挙げていただきました。1社1社話を聞いた後、3人のフリーランスの方と一緒に1年くらいかけて組み立てました。

ある程度カタチになった時に社内でお披露目したんですけど、その時は最悪でしたね(笑)。ドラックストアやホームセンターで売っている台所用洗剤は大体200円くらいですが、「SOMALI」は1200円。その価格にかなり動揺されました。「それ誰が買うねん」「こんな高い商品は絶対に売れない」と社員からはネガティブな反応しかありませんでした。

ただこれを作っている時に「DISEIGN TOKYO」という展示会に出展することを決めていたんです。そこは審査があってデザインが良いインテリア家具や雑貨だけが出る展示会ですが、その初日からすごい反響だったんです。

来るバイヤーさん来るバイヤーさんがみな「すごくおもしろい!」と。しかも90年の歴史のある会社だと言えば、「そんな会社がこんなことやってるのってめちゃくちゃおもしろい!」って、ロフトさんやフランフランさんといった名だたる会社さんたちとその場ですぐ何かやろうと決まって。

連れて行った営業マンも、価格が高い安いよりも商品がおもしろいおもしろいって言われることや、釜焚きを説明すればすごく興味持ってもらえたりと、初めて会社のことを褒められて気を良くしたんでしょうね。初日が終わるともう意識がガラっと変わっていました。

陶山:何が一番評価されたと思いますか?

木村氏:その時は全部ですね。デザイン的に洗練されていて安全性が高い石鹸。しかも固形石鹸じゃなくて液体石鹸。こういうのは見たことがないし、それを歴史のある古い会社が新しい取り組みとしてやっている。それらをパッケージとして興味を持っていただいたんじゃないかと思います。

陶山:その時に、四代に渡って継続されてきた歴史や会社への想いをストーリー展開するといったことはされたのですか?

木村氏:創業以来ずっと続けてきた釜焚き製法については出しましたが、初代や祖父、親父のことだけでなく僕自身のこともあまり出しませんでした。当時は会社に興味を持つ、というよりも、「SOMALI=木村石鹸」という感じで、「SOMALI」の付随要素として知っていただけることからスタートしたように思います。

with SOMALI
陶山:「with SOMALI」とは、いうモノだけではなく人や使用シーンと関連づけた「コト」ブランド化とコミュニケーションですが、どういう意図からこうした展開をされましたか。

木村氏:家庭用洗剤の宣材写真は基本的に商品単体か使用しているところ、つまり洗剤をトイレにふっかけているような写真ばかりですけど、「SOMALI」は商品単体とは別に、主におしゃれな空間に置かれている写真を多く出しました。

洗剤は基本的に使っている時よりも置かれている時間が圧倒的に多いけれど、その置かれている時はほぼ隠されている。でも洗練されたデザインの洗剤が置いてあれば、むしろその空間がおしゃれになるなんじゃないかと。そういうものを日常の中に取り入れてもらいたい。という感じですね。

伊藤氏:色も他のものを邪魔しない色ですよね。

木村氏:「SOMALI」は着色料を一切使わない、石鹸と天然のものだけで作るというのがポリシーなので、オレンジ色のオレンジは油の洗浄力を上げるために入れています。トイレ用は油の洗浄力は要らないので除菌のためにラベンダーを入れていますが紫じゃなくて透明になるんです。

実は透明容器の洗剤ってすごくリスクが高いので、当時はほぼ無かったと思います。置かれている時間が長いし、お風呂場に置かれると湿度も高く温度の変化も激しいからすぐ変色してしまう。変色しても中身は大丈夫なんですが、やっぱり嫌がられるのでクレームが来るんです。

実は最初から透明にしたかったわけじゃないんですね。着色の容器を使うつもりが結構なロットで買わないといけない。でも透明の容器ならケース単位で買えたんです。

社内の開発からは、「透明容器だけは絶対やめてくれ、変色してクレームきたらどうするの」って反対されましたが、じゃあそれも特徴の一つにしてしまおうと。退色するのも天然の証拠。それは「SOMALI」の個性として楽しんでくださいという打ち出し方をしたんです。

陶山:「SOMALI =植物オイル100%の純石けん+天然ミネラル+植物由来の成分」「必要最小限の素材のみを使用し、必要ないものは入れない。使う素材は、小さなお子さんにも安心して使え、環境への負荷も少ないものばかり。」という天然素材のコンセプトはどこから生まれましたか?

木村氏:安全性の高さをウリにしてきた歴史が長いので、なるべくナチュラルなもののほうがお客様も望まれるだろうと、「SOMALI」というブランドに関してはそのポリシーをつらぬこうと思いました。でもこれは「SOMALI」のコンセプトであって、僕らは天然じゃないとダメだとは思っていないんです。木村石鹸全体としても、石鹸だけにこだわりすぎるとやっぱり良く無いんじゃないかと。

石鹸って小さい単位で見ると魚の餌になるから環境負荷は低いと思われますが、合成洗剤に比べたら使用量が多いんです。合成1に対して石鹸は5使わないといけない。それをそのまま河川や浄水場に流れるとなると逆に石鹸の方が負荷をかけるかもしれない。

しかも石鹸メーカーって、石鹸以外のものを悪にして石鹸の良さを伝える、というコミュニケーションをしがちですが、それは僕らがするべきじゃないなと。なので、環境負荷は避けたいし安全性も欲しいというお客様側に立った商品を作ることが重要であって、「天然・石鹸」というところにこだわっているわけでは無いというスタンスです。

陶山:ノンシリコンシャンプーも、ノンシリコンが良いとはかならずしも無いそうですね。

木村氏:これだけ情報が流通するようになっても化学系は誤解が多いですね。それはマーケティングが最重要視されてきた業界だからですが、特にシャンプーに関しては薬規法関係であまり言えることが無い。すると何かの成分を悪者にしてそれを抜いているとか、ある成分がすごく良いから入れているとか、そういうコミュニケーションになってしまうんです。

実はシリコンって人体に影響しないしむしろ安全性が高いので、なぜ悪者になっているのか。そもそもシャンプーにはシリコンを入れることは稀なのに、わざわざノンシリコンってうたっているのも変な話で、しかもコンディショナーには大抵入ってたりして、何それって話ですよね。

それにシリコンって原料としては高いので、シリコン使わないほうが安くなるはずなのに、大体ノンシリコンのほうがちょっと高い。つまり「シリコンは髪に悪い」という消費者の誤解にのっかかって、とりあえずノンシリコンを作るほうが売りやすくなってしまっているんですが、あれはすごいトリックだなと。

僕らが作るシャンプーに関しては、最初からネットで説明して、しかもクラウドファンディングからスタートしたので、きちんと理解してもらっている人に買ってもらうというスタンスで打ち出しました。

陶山:花王さんの「メリット」では、成分の機能性と同時にさっぱり感といった情緒的な要素も表現されていますが、「SOMALI」の場合もそうしたベネフィットをうまく展開していくといいですね。

木村氏:「SOMALI」は石鹸プラス天然のものだけど完全な無添加ではないんです。全く無添加の純石鹸となると使用量が多いし固まりやすいから結構使いにくい。でも「SOMALI」は石鹸+ハイブリットで使いにくい部分を補っているので、石鹸を使いたいと思っている人たちが使いやすくなっているんですね。

環境にも自分の身体にも優しいから使いたい。そんな大変な石鹸をわざわざ使っていることで、「石鹸使っている自分が好き」といった肯定感を感じてもらう。そこなんですね。

情緒的価値としては、例えばシャンプーだと、朝髪を整える時間が短くなったり、夜まで髪がパサつかないとすごく気分がいいよね、というところをうたってはいるんですけど、それって大手さんも同じことを語るので、それで勝負するのは違うんじゃないかと。

このシャンプーは、実は開発者がずっとライフワークとして勝手に作っていて、ある日突然、「めちゃくちゃいい商品ができた!」と社内に流してきてどよめきが起こりました。しかもそれがめちゃくちゃ良い商品で、どうやって商品化しようかという話になったんですけど、そんな商品誕生のストーリーを提供しておもしろいと思ってもらいたいなと。そこを含めて商品のブランドの要素になっていると思います。

変わる意識・変わる会社
陶山:いわゆる『デザイン経営』は、意匠や商標、知財だけでなく、ビジネスモデルや事業全体のイノベーションにも関連付けられますが、この「SOMALI」というブランドが出来上がっていく中で木村石鹸工業自体のビジネススタイル等で大きく変わったことは何ですか?

木村氏:それまでずっと裏方でしたから、自分の会社名が記載された商品がロフトとかで並んでいるのを見るとやっぱり嬉しい。それを家族や友人に自慢できるのも嬉しい。やはり自社ブランドの商品を作って売るということで、会社に誇りを持ってくれるようになったのは大きいですね。採用も若い人たちが応募してくれるようになったのですごく変わりました。今うちの会社は20代が一番多いです。

陶山:新卒も採用されているんですか?

木村氏:新卒もこの5年くらい連続でずっと採用しています。今年(2021年)はTwitterだけで「新卒募集します。興味があったら応募してください」って募集したんですけど、それでも50名の応募がありました。しかも皆さん木村石鹸をかなり興味深くウォッチしてくれていて、優秀な人たちが多かったですね。

プラスOEM事業も伸びました。今までそれこそ生協さんとカタログハウスさんの2社だけでしたが、大手の総合通販会社やアパレルブランドさん、大手の下着メーカーさんにもお声がけいただいてOEM商品の依頼もすごく増えました。自社ブランドによって発信力も知名度も上がってOEMの営業もしやすくなりました。

社員の意識面でも、これまではお客様から頼まれたものだけ作っていたけれど、今はこういう商品があったらおもしろいんじゃないかといろんな提案が上がってきたり、また自分たちで商品を作ってみたりトライしていくという文化が徐々に育ってきているように思います。

陶山:これまではそういう空気じゃなかった?

木村氏:そうですね。僕が帰って来た当時は新しいことに対してすごく消極的でネガティブでした。失敗したら責任を取らされるという感覚がすごくあったのでできるだけ商品を作らない。ぼくがよくわからないまま、「こんな商品作ったらどう?」「あんな商品作ったらどう?」って言っても、「これはこんなリスクがある」「あれはこんな問題がある」と商品を作らないほう作らないほうへいくんです。

「自分たちで商品を作って自分たちで売ればおもしろい」という感覚をどうやって社内にもたらすかと、ずっと取り組んできましたが、この自社ブランドがそれを大きく変えるきっかけになったと思います。

浸透する社訓と理念
陶山:木村石鹸工業は社訓として「家族を愛し仲間を愛し豊かな心を創ろう。質素で謙虚 報恩の心で品性を創ろう。チームワークを大切に笑顔で明るい職場を創ろう。無駄をなくしアイディアを生かし真心を込めて製品を創ろう。何事も忠実に惜しまぬ努力で実績を創ろう。」、経営理念として「私たちは、仕事を通して自己の品性向上に日々精進します。私たちは、お客様仕入先様と共に永続繁栄する努力をします。私たちは、健康で幸せな家庭づくりのために一致協力します。私たちは、堅実経営を基に社会に貢献することを誓います。」を掲げられていますが、いつ、どういう想いで策定されましたか。

木村氏:親父が当時の社員にいろいろ聞いて回ってそれをまとめたようですが、40年くらい前にできたんじゃないかと思います。品性向上とか家族を大事にしようとか内容は道徳的なことが多いんですけど、社内ではすごく浸透していて、ここから外れると怒られる感じですね。怒られるというか「それはうちの会社らしくないやろ」と言われます。

例えば家族の問題と会社の問題が同時に起きたときに、会社の問題を優先する社員のほうがダメ社員とみなされる。「仕事より家庭を大事にしろ」となるんです。

また、うちの会社ってキャッシュフローがすごく悪いんです。とにかく払いが早い。20日締めで翌月1日に現金で払ってたんです※2。10日で払っちゃう。でも入ってくるのは60日とか90日かかるのでその6~7倍のキャッシュ持たないと回らない。僕が帰ってきて、これは大変だと思って支払いを延ばそうとしたんですね。(※2 現在は20日締め、翌月末支払いに変わっています。)

するとベテラン社員から「経営理念の「仕入先様と共に永続繁栄」でけへんやろ!」って怒られて(笑)会社が潰れるような状況でもないのに、自分たちだけのことを考えて支払いを延ばすようなことをするなって言われて(笑)それがうちの文化なんですね。親父には「感謝できるようになれば幸せになれる」という強い信念があって、それを社員に何とか浸透させようと半ば強制的に勉強会をしていましたから浸透していったんでしょうね。

陶山:20代や30代の若い人にとって、学校で学んだような「道徳」はちょっと敬遠する人も多いかもしれませんね。そういうマインド的なものから、やっぱりビジョンやミッションといった経営理念的なもの、しかもそれがプロダクトやブランドに繋がっていくようなものが必要になってくるんじゃないかと。御社はOEMも自社ブランドもいろいろあるので、じゃあ木村石鹸工業という会社はどういうものかとなると、従業員の皆さんは実感しにくいような気がしますが。

木村氏:どこに向かってどういう存在になるのかというのを最初は言おうと思っていたんですけど、今はあえて言わないほうが良いなと思っているんです。逆に社員が自分たちで考え自分たちで行動できて自律的に動ける。そのためにどうすればいいかを考えたほうがいいなと。

社員たち自身も、こういう会社でこういうビジネスをしたい。だから自社ブランドなら自分たちでコントロールできるし楽しい。自分たちで考えて自分たちで決めて自分たちの未来を作っていこうと。なので給与制度も自己申告なんです。

「自分ごと化」する自己申告型給与制度
陶山:「自己申告型給与制度」での評価基準は過去の実績がベースになっているんですか? 

木村氏:ではないです。あくまでも「半年または1年後に自分はこういう貢献をする」と提案して、その貢献がいくらの価値だと思っているかを提案してもらう制度です。

営業であれば営業数値を貢献として提案してそれがいくらの価値がありますと提案する。会社としてその価値がつりあっていると思えばOKだし、つりあっていなければ交渉です。

事業家と投資家のメタファーで説明すると、事業家のプランが魅力的であれば投資家がお金を出すかというとそうじゃない。その事業家の熱意や可能性といったところを評価するのと同じで、僕らは投資額って言っていますが、仮にその人の提案がすごく良くても、実行できないだろうなと思えば投資額には満たないよと伝えます。

そうなると内容を変えるか額を下げるかですが、それでも合わないこともあるし、自分は絶対にこの価値があると思っているけれど会社として認められないとなれば、その価値を認めてくれる別の会社を探した方がいい。それは正直に言うんです。

僕らは「覚悟の交換」と言っていて、社員も覚悟を持って提案するので、会社としてもその価値が本当にあるかどうか覚悟を持って考える。それは何かプログラムで計算して出てくるものじゃないんです。

陶山:価値基準や指標がいくつかあって、それを組み合わせでいるわけじゃないんですね。

木村氏:そうです。一人ひとりが真剣に考えて出してくる提案に対して真剣に向き合う。これを半年に1回やっています。例えば品質管理の人の場合、自分のところに上がってきたものだけをチェックするだけでは品質は上がらないから、工程内の品質管理をまとめるプロジェクトを自分がリーダーになってやりますという提案もありました。

会社が命令してポジションを与えるのではなく、自分で考えて自分でやりたいからやる。今流行りのジョブ型とは全く違うんですね。与えられた職務だけじゃなくて、人によって環境によって自分が貢献できるものが変わってくるし、チームの構成メンバーが変わるとまた違ってくる。そこで自分が一番貢献できるのは何かを判断して欲しいと考えています。

「そんなの自分の好きなことしかしなくなるんじゃないか」「うまく機能しないんじゃないか」とよく言われますけど、みんな大人ですしチームで動くので、その中でどう貢献するかは自分の好きなことだけやっててもだめだと分かるんですね。だから困ったことも全然無いですし、むしろ一人一人がいろんなことをカバーしあっているので多能工の人たちがいっぱいいる状態で、そこはうちみたいな人数が少ない会社にとって強みになっています。

伊藤氏:半年に1回提案できるということは、給与の見直しが半年に1回あるということですね。

木村氏:そうです。半年ごとに提案できるようになっていますが、年に1回しか提案してこない人もいますし、ずっと変えない人もいます。査定じゃなくて提案が上がってくるのでおもしろいですよ。

この仕事をやりたいと自分で言えますし、若い人でもいきなりポンと上げられるチャンスでもありますから社員も楽しんでいます。新卒から5年間はルーキー期間と呼んでいて、一応提案しなくても自動昇給を設定していますが、5年以内にルーキーを卒業する人もいます。

もしこれが結果によって報酬を払うとなると、結果が悪ければ評価が落ちるだけですが、そうじゃなくてぼくらは未来に対して投資しているので、失敗したら会社が損をしてしまいます。なのでもし達成できなかった場合、「できませんでした」と言うだけでなく、払った額に見合う価値の別のものを提供してもらわなければいけません。

それができれば次の提案の時に、「あなたは前の提案を達成できなかったけど、別のことで達成してくれたから信じるに足りるよね」となる。だから社員もすごく前向きで、どんな状況でも取り組んでくれています。

伊藤氏:社員さんも一つの提案じゃなくて、いくつも引き出しが無いとだめということですね。

木村氏:最初は「自分は言われた仕事をやるだけだからそんな提案は出したくない、給料は会社で決めて欲しい」と言う人もいて、それも「制度に乗らないという意思」として尊重しようとOK出したんですが、その人たちも、やっぱりやりたいと途中で言い出してくれました。なので、今はやらない人はいないです。

失敗ももちろんありますが、自分はこうしたいといろいろ取り組んでみて、それを自然に応用できて何かに使っていく。社員の意識はこの制度にしてからすごく変わったなと実感しますね。「自分ごと化」するという感じです。

「自由」で「正直」こそブランド
陶山:「これが木村石鹸工業のブランド」というものを従業員の皆さんが自ら体現するようになってくれれば良いですね。

木村氏:今は社員もSNSで発信していて、そこで自分たちが自由に動いて楽しそうに仕事をしている様子が漏れ伝わることで、おもしろい会社だなと興味を持っていただいたり、応援したいという人が徐々に増えてきています。

最初に「ブランディング」を考えたとき、統一した世界観をあらゆるコンタクトポイントで実装し、クリエイティブにしてもコミュニケーションにしても、誤解の無きよう完全にコントロールして理解していただかないといけないと思い込んでいましたが、なんかそうじゃないなと。

誤解も含めてお客様が関わり合って、お客様が勝手に考える余地もあって、社員もそれぞれの会社像を自分たちでこういうものだと思って伝えていく。そういう自由と寛容も含めて「木村石鹸」という存在で、ユニークな会社だなと思ってもらうほうがいいなと。今はあまりコントロールしない、むしろ手放すという感じです。

陶山:木村石鹸工業という会社はどんなブランドでしょうか。ブランドパーソナリティには、①誠実、②素朴、③洗練、④能力、⑤刺激、の5つがあるとよく言われますが、この中ではやはり①誠実でしょうか。

木村氏:「誠実」に近いですね。「正直にまっすぐ」という言葉は社員から出てきたんですが、商品も正直にあるべきだから、ネガティブな情報も伝えなければいけない。こう見せたいとコントロールするんじゃなくて自分たちはこうだという考えを見せていくと。それはすごくいいことだなと思っています。

陶山: “木村祥一郎ブランド”のアイデンティティは何でしょう。

木村氏:「自分が死ぬときにどんな人だと言われたいか」これは以前キャリアを考えるワークショップで社員全員で考えたんですが、僕は「僕と一緒に働いて楽しかったと言われたい」と思っていて、お客様も取引先もうちと関係を結んで楽しかったと思ってもらえるようにしたいですね。

ありがとうございました。

木村祥一郎氏
1972年生まれ。1995年大学時代の仲間数名と有限会社ジャパンサーチエンジン(現 イー・エージェンシー)を立ち上げ。以来18年間、商品開発やマーケティングなどを担当。2013年6月にイー・エージェンシーの取締役を退任し、家業である木村石鹸工業株式会社へ。2016年9月、4代目社長に就任。石鹸を現代的にデザインしたハウスケアブランドを展開。OEM中心の事業モデルから、自社ブランド事業への転換を図る。2020年より三重県伊賀市での新工場の稼働を開始。

木村石鹸工業株式会社
大正13年創業。家庭用洗剤、業務用洗浄剤、金属表面処理剤(バレルコンパウンド)を自社で企画開発から製造まで行う老舗メーカー。自社工場で釜焚き法により石鹸成分を一から製造できる国内では数少ないメーカーの1つ。2016年大阪ものづくり優良企業賞 優秀賞受賞、2017年大阪製ブランドに「SOMALI台所石鹸」選出、2019年「Forbes Japan{SMALL GIANTS AWARRDS 2019」にてLOCAL HERO賞受賞
〒581-0066 大阪府八尾市北亀井町2丁目1-30
https://www.kimurasoap.co.jp/

取材:2021年7月

2022/08/24

ブランド対談 #22

お問合せ


〒564-8680
大阪府吹田市山手町3-3-35
関西大学経商オフィス
TEL:06-6368-1147

管理画面

powerdby