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【開催レポート】2019年7月度 東京第14回フォーラム

東京2020大会が導く
”交差集積”の時代がジャパンブランドに求めているもの
-スポーツ、ホスピタリティ、ビジネス-

「一般社団法人 ブランド戦略経営研究所」では、毎年恒例になっている東京第14回フォーラムを、7月10日(水)に関西大学東京センターで開催いたしました。「関西大学」主催、「関西大学東京経済人倶楽部」共催のもと、テーマは「"交差集積"の時代がジャパンブランドに求めているもの-スポーツ、ホスピタリティ、ビジネス-」です。

​今日ほど社会や文化、生活、労働、消費、余暇などあらゆる分野でわが国のグローバル化がますます進行する時代はこれまでありませんでした。ヒト・モノ・カネ・情報・サービスなどが国内外で縦横に“交差集積”する時代の到来です。こうした状況のもとで、今回のフォーラムでは、スポーツ、ホスピタリティ、ビジネスの3つの分野に焦点を当てながらジャパンブランドをめぐる現状と課題について考えていきました。

主催者開会の挨拶

高木克典当研究所事務局長(マックス・コム株式会社代表取締役)の司会のもと、関西大学芝井敬司学長より東京第14回フォーラム開催のご挨拶があり、そこでは長年発掘調査研究に携わってきた「百舌鳥・古市古墳群」が大阪初のユネスコ世界文化遺産に決定したという喜ばしい報告がありました。

関西大学東京経済人倶楽部 南部靖之会長の挨拶

続きまして、本フォーラム共催の関西大学東京経済人倶楽部 南部靖之会長より、2020年東京オリンピック・パラリンピックが日本中活気溢れる大会になるよう、関西大学、東京経済人倶楽部がその役割を担い、さらなる支援体制の強化を期待しますという激励のお言葉を頂戴いたしました。

オープニングスピーチ

一般社団法人 ブランド戦略経営研究所 理事長 陶山 計介

一般社団法人ブランド戦略経営研究所は、ブランド力の回復、国内外の競争力向上、東アジア諸国との協調・連携を目的とした「経営-マーケティング-知財の三位一体」を目指すシンクタンクです。

ブランドとは、識別したり差別化するための一定のまとまりと意味を持つ記号情報です。これがアイデンティティ(個性)を形成し、安心、信頼、バリュー、感動、憧れ等を抱かせる要素となります。

ポジティブなブランド・イメージは、人や社会を豊かにし、それは国・都市・地域も例外ではなく、魅力的なブランドパワーを持っています。ヒト、製品、企業、産業、大学、地域、まち、景観などのブランド資産を、連携、統合させることでブランドパワーを構築、あるいはマネジメントできるのではないかと考えています。

今回のフォーラムのテーマは「“交差集積”の時代がジャパンブランドに求めているもの―スポーツ、ホスピタリティ、ビジネス―」です。

1964年の東京オリンピックや1970年の大阪万国博覧会で日本が世界の仲間入りを果たしてから約50年経ちました。そして2019年のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、2021年関西ワールドマスターズ、2025年の大阪・関西万国博覧会などの一連のビッグイベントを控えている日本ですが、この50年で日本や世界の環境は大きく変わりました。

東京や大阪、関西のみならず地域や都市、地方を問わず広く日本や日本人の魅力、良さ、違いを“ジャパンブランド”として世界に発信していくなかで求められていることは、アジアをはじめとする国内外のさらなる交流を新たな段階に進めることです。そしてそれによって日本の未来や成長を切り開いていくことが期待されています。

1964年の東京大会は、日本の国際社会への本格的な復帰の象徴となりました。日本人も頑張れば世界と肩を並べることができるという自信を持つ契機となりました。 2020年大会は「復興五輪」、あるいは障がいを持った方をはじめ世界中の全ての人々に夢を与える大会、あるいはオールジャパンの魅力を発信する大会へ。次の世代に誇れる我が国のレガシーを創出し、世界へ発信していくことが、2020年オリンピック・パラリンピックの意義ではないかと思います。

一方で、1970年に開催された大阪万国博覧会では、その特徴について先日亡くなられた堺屋太一氏は、「万国博覧会は近現代を創った真に偉大な行催事である」と仰っています。その理由は、恒久施設の整備と数多くの歴史的記念物と巨大な街づくりを実現した実績があり、次代を担う新技術、新思想、新しい制度やシステムを生み出し、世に残してきたからです。

2025年の大阪・関西万博は、インバウンドの拡大が続く中で、世界が日本をより深く知るイベントになるでしょう。「いのち輝く未来社会のデザイン」「多様で心身ともに健康な生き方」「未来社会の実験場」といったテーマ、いわばSDGsを達成実現する万博として、現在準備が進められています。

今回のフォーラムでは、小澤講師、中村講師、文野講師、このお三方と共に、スポーツ、ホスピタリティ、ビジネスの3つの側面から「“交差集積”の時代における我が国ジャパンブランドに求められているもの」について考察してまいります。

第1講「パラリンピックで日本を変える」

公益財団法人 日本財団パラリンピックサポートセンター常務理事(CEO) 小澤 直氏

日本財団パラリンピックサポートセンターは、「Social Change with Sports」をスローガンにダイバーシティ&インクルージョン社会を目指して活動しています。

前回開催された2016年リオデジャネイロパラリンピック(以下リオパラ)は、観客席の盛り上がりもさることながら、選手、大会関係者が、スポーツを心から楽しみ、障がいの有無にかかわらず笑顔に溢れた大会となり、インクルーシブ教育の可能性を感じることができました。

一方、リオパラで日本が獲得した金メダル数は0個で、1964年の東京大会から続いた13大会連続金メダル記録が途絶えるという結果に終わりました。もし、オリンピックで金メダルが0個だったら大騒ぎするはずなのに、パラリンピックではメディアもほとんど取り上げませんでした。

そこには、日本におけるパラリンピックや障がい者スポーツに対する関心度が低いという要因があり、更に、「障がい者はみんな平等で、競い合ってはいけないんじゃないか?」といった偏見があると感じます。

世界新記録、パラリンピック新記録を海外勢がぞくぞく叩き出しているという現実と比較すると、日本では周囲のサポートの他にも技術力、経済力など社会の総合力が不足しています。

パラリンピックへの注目度がより一層高まったのは、“史上最高のパラリンピック”といわれている2012年ロンドンパラリンピックです。駅構内やバスなどの公共交通機関のバリアフリー化、インクルーシブ教育の導入がすすみ、チケットは完売(278万枚)となりました。パラリンピック開催以前から、障がい者や障がい者スポーツへの理解が定着していたわけではなく、オリンピック・パラリンピック教育や巧みなプロモーションを徹底したことが社会に変化を及ぼしたのです。

​なかでも、イギリスの放送局Channel 4が作成した『Meet the super human』は秀逸で、大きなインパクトを残しました。 “Ability beyond disability”をコンセプトにしたCMで、世界最高峰のクリエイティブが集う広告の祭典「カンヌライオンズ2013」ではグランプリを受賞しています。

このCMをきっかけに、少しずつイギリス国内の障がい全般に対する認識や態度が変わっていき、パラリンピックの機運も高まっていきました。

また、約24万人から選ばれた8万人の大会運営ボランティアを「Game’s Maker」と呼ぶことでモチベーションを高めることに成功し、今なお、このロンドンパラリンピックのレガシーが引き継がれています。

さらに、イギリスの放送局Channel 4はりオパラリンピックの際にも、障がい者の可能性を知ってもらうために、”Yes, I can”をテーマにした『We’re The Superhumans』の動画を公開しています。

日本財団は、2020年東京パラリンピックの成功と、ダイバーシティ&インクルージョン社会の推進を目的に、2015年5月に「日本財団パラリンピックサポートセンター」を設立しました。パラリンピックをサポートするもう一つの目的は、日本財団自身のブランディングです。

従来の日本財団は「硬そう」「古そう」「敷居が高い」「役所の関係団体?」というイメージで、市民権を得ていませんでした。そこでクリエイティブディレクター・佐藤可士和氏の協力を得て、SNSなどでも使いやすい正方形のロゴに刷新するなど、ソーシャルイノベーションを起こす団体として生まれ変わりました。

日本財団はそれまで、世間に認知されづらい、国の支援が行き届かないようなニッチな社会課題に対して活動していましたが、誰もが分かるようなキラーコンテンツとして“パラリンピックサポート”を始めたのです。

日本のパラスポーツの現地観戦率は、わずか1%(2017年調査)で、内閣府の障がい者に関する世論調査によると、「障がいを理由とする差別や偏見はあると思うか?」に対して“ある”と回答した人が約9割に上りました。

2020年に向けてパラリンピック競技団体の状況を調査したところ、国内のパラリンピック競技団体の多くが、オフィス・人員体制・運営資金などの課題を抱えていました。こうした現状では、競技の発展はもとより、パラリンピックに向けた準備にも困難が予想されます。そこで2015年より、共同オフィス、助成金、キャパシティビルディングの支援を開始しました。

また、障がい者スポーツのイメージを変えるための一つの取り組みとして、どうしてもネガティブなイメージを持たれてしまう「障がい者スポーツ」という名称を使わず、徹底して「パラスポーツ」という名称を使うようにしました。

また、日本財団ビルの共同オフィスのつくりは、“選手と心をひとつに緊張感と誇りをもって働ける環境づくり”を意識しており、「スタジアム」をモチーフとした空間デザインを展開しています。さらに2018年6月にはお台場に、完全ユニバーサルデザインのパラスポーツ専用アリーナをオープンさせました。

そしてパラサポの活動コンセプト「i enjoy !~楽しむ人は強い!~」は、パラアスリートが心からスポーツを楽しんでいる、だから強いんだという事を、スポーツだけではなく、仕事も同様であるという共感力の高まりを狙って作りました。

東京パラリンピックは障がいをもった当事者が感じる生きづらさ、日本社会に根付くマインドセットを変える最高のチャンスです。健常者と障がい者、というカテゴリーにとらわれない共生社会を目指し、障がいのある方たちが中心となって教育プログラムを推進しています。

もし、日本が100人の村だったら、「100人のうち、高齢者が28人。障がい者が6人」です。超高齢化社会にともない、高齢者や障がい者の数は、さらに増加します。またパラリンピック関連で海外から来る方からは、「東京にはどこに障がい者がいるのか?」と聞かれることがありますが、これは障がい者と健常者が分断された社会構造にも原因があり、少子高齢化対策と同時にそうした課題にも取り組むことが必要です。

日本財団パラリンピックサポートセンターでは、パラリンピックムーブメントを推進すべく、共同事務所としての機能を充実させて競技団体の運営を支えたり、パラスポーツを通じたダイバーシティ&インクルージョンプログラムを積極的に全国で展開しています。

「ハードはすぐに変えられなくても、ハートは今から変えられる!」。東京パラリンピックを機にパラスポーツは、「障がい者がするスポーツ」から「みんなで楽しむスポーツ」へ、そして理解と支援の輪を広げられるよう取り組んでまいります。

小澤 直氏
公益財団法人 日本財団パラリンピックサポートセンター常務理事(CEO)(一般社団法人 日本財団ボランティアサポートセンター常務理事)

Profile:1974年生まれ。埼玉県の中高一貫全寮制で学び、高3の夏に甲子園出場。早稲田大学野球部でプレーした後、商社に就職。その後、オハイオ大学大学院でスポーツビジネスを学び、メジャーリーグでのインターンを経験。2002年に日本財団入職。秘書室長などを経て、2015年5月に公益財団法人日本財団パラリンピックサポートセンター、2017年9月に一般財団法人日本財団ボランティアサポートセンターを設立
(日本財団パラリンピックサポートセンターは「2016年度朝日スポーツ賞」、2019年5月に「スポーツ庁長官賞」受賞)
第2講「宿泊産業における現状と課題」

一般財団法人日本ホテル協会 元会長 株式会社ロイヤルパークホテル 前会長 学校法人トラベルジャーナル学園 ホスピタリティツーリズム専門学校 校長 中村 裕氏

世界中で移動する人々の数が増え「21世紀は食と観光の時代」であると言われています。気候や風土、文化、食は世界共通の観光資源であり、日本はその資源に富んでいます。観光は今後ますます成長が期待される伸びしろのある産業です。

2003年に小泉首相(当時)が、「観光立国」を掲げてから、観光は力強い経済を取り戻すための極めて重要な成長分野と捉えられ、今や日本の一大リーディング産業となっています。

2017年には観光庁が、「明日の日本を支える観光ビジョン」を作成しています。そこでは「観光先進国」への「3つの視点」、すなわち、①「観光資源の魅力を極め、地方創生の礎に」、②「観光産業を革新し、国際協力を高め、我が国の基幹産業に」、③「すべての旅行者がストレスなく快適に観光を満喫できる環境に」が宣言され、これをもとに『観光ビジョン実現プログラム2018、2019』が策定されました。

観光先進国実現に向けた観光基盤の拡充・強化を図るための恒久的な財源を確保するために、「国際観光旅客税」が創設され、2019年1月7日より日本を出国する旅客(国際観光旅客等)から出国1回につき1,000円が徴収されるようになりました。

日本の観光競争力は、スペイン、フランス、ドイツに次いで、世界第4位です(『2017年世界経済フォーラム報告書』より)。アメリカやイギリス、イタリアなどの観光大国を抜いてトップ10入りしていることからも日本が各国から注目されていることが分かります。

このように高く評価されている理由は、価格の競争力が充分にあること、サービス・インフラが整備されていること、自然資源が豊富にあること、国策として観光の優先度が高いこと、などがあげられます。

食の面では、「和食」がユネスコの「食の無形文化遺産」に登録され、世界中で空前のブームとなっています。欧米では“食”をテーマに観光客を誘致するガストロノミーツーリズムが注目されていますが、日本も食文化を活かして地域活性化をはかっています。特に和食、フレンチ、中華料理の食文化が融合され、進化が続いています。

訪日外国人旅行者数は、飛躍的に伸びています。2003年はわずか500万人でしたが、2018年には3,119万人が日本を訪れています。2019年は3,300万人を突破すると予想され、2020年の目標は4,000万人 2030年の目標は6,000万人です。

一方、アウトバウンド(日本人出国者数)は、2018年に1,895万人(6.0%UP)と伸びてはいますが、海外の主要国に比べ、パスポート所有者が極端に少なく、特に若年層の旅行客が伸び悩んでいます。

世界の国際観光客数をみると、2010年には9億人だった観光客数は、2018年には14億人へと急速に増加しています。さらに2030年には18億人の観光客数が見込まれていて、まだまだ日本の観光市場には伸びしろがあるといえます。

それでは訪日外国人旅行消費額をみてみましょう。2018年は4.5兆円で過去最高記録を更新し、2020年には8兆円、2030年には15兆円の見込みです。

一方で日本人の国内旅行の消費額は、2018年は20.5兆円(2.8%DOWN)で、ここのところずっと横ばいか、もしくはマイナスという状況です。人口減少によって旅行する人の数が減っている訳ですから、当然こういう状況になります。

日本の旅行消費額(国内旅行・海外旅行)が名目GDPに占める割合は4.6%。首位ドイツ9%の約1/2に留まり、先進国の中でも低い水準です。ただし、他の業界と比べると、電子部品(半導体)の輸出額が4兆円、自動車部品が3.9兆円、デパート業界、広告産業業界の売上が約18~20兆前後であることを鑑みると、観光の消費額が非常に大きいことがわかります。

​東京オリンピック終了後のマーケット縮小が懸念されますが、これからはMICEの誘致が非常に重要になってくると思います。MICE とは、Meeting(会議・研修・セミナー)、Incentive tour(報奨・招待旅行)、Convention またはConference(大会・学会・国際会議)、Exhibition(展示会)の頭文字をとった造語で、ビジネストラベルの一つの形態です。参加者が多いだけでなく、一般の観光旅行に比べ消費額が大きいことなどから、日本でもインバウンド振興策の一環として、国や自治体により積極的な誘致活動が行われています。

少子高齢化は、我々の業界にとっても大きな課題です。現在の日本の定住人口1人当たりの年間消費額は125万円ですが、もし1人当たりの人口減少分を観光でカバーしようとすれば、外国人旅行者が約8人分、国内旅行客(宿泊)約25人分、国内旅行者(日帰り)約80人分の消費が必要になります。

人口減少により、観光地の潜在客減少が予想され、リピーターがますます大切な顧客層となります。2017年の海外からのお客様のリピート率は61.4%。これは前年度比300万人増という驚きの数字です。国別のリピーター比率をみると、韓国、台湾、中国、香港といったアジア諸国からが高く、欧米諸国からは観光ではなく商用目的でのリピート率が高くなっています。

皆さんご存知のように、現在は宿泊施設不足といわれています。主要都市では11都府県で客室数が不足していて、大阪を筆頭に三大都市(東京・大阪・京都)では、年間の稼働率80%以上を維持しています。

ホテルの建設ラッシュが地方に拡大しています。地方都市では新規に開業するホテルの多くをビジネスホテルが占めていて、異業種のホテル建設参加が急増している中で、旅行者ニーズの多様化にどう対応していくかが課題になっています。多種多様な宿泊施設が出現する中、ホテル業界では「ライフスタイルホテル」がトレンドです。ライフスタイルホテルは、デザイン性の高い空間と、日常生活の延長線上のホテルとして宿泊以外の付加価値を提供するホテル。

最近ではテレビや新聞などでも「民泊」という言葉を目にする機会が多くなり、議論を呼んでいますが、民泊には取り組むべき課題が多く残っています。民泊新法施行により、件数自体は減少傾向にありますが、依然として、近隣住民とのトラブル・騒音・ゴミ捨て等の苦情が続き、事件性の高い不正な目的で利用される恐れもあります。旅館業の許認可を得ていない違法な「闇民泊」を少しでも減らし、健全な民泊を推進していかなければいけません。

そこで、私が提案したいのは「旅館」を民泊に代わる宿泊施設として活性化させることです。後継者不在で、旅館数が年々減っているという問題点はありますが、「泊食分離」や「訪日客の積極的な誘致」を進めることで、日本の“ホスピタリティ(おもてなし)”を十分味わえる旅館の活性化に期待いたします。

ホテルは形態やサービス内容、価格帯などから様々なカテゴリーに分類されますが、ホテル本来が持つ様々なサービスを追求した「フルサービスタイプ」のホテルの数が、世界の主要都市であるニューヨーク・パリ・ロンドン等と比較すると日本は格段に少ないです。東京でさえ不足しています。MICEビジネスの獲得、富裕層の獲得はフルサービスでなければ取り込めませんので、フルサービスホテルの建設は急務です。

いま我々の業界が抱える課題のひとつは「生産性の向上」です。日本の製造業の生産性がアメリカの70%なのに対して、サービス業ではたったの50%です。特に飲食宿泊業では、アメリカの生産性の40%しかありません。そこで労働条件の改善、働き方改革を進めるために、日本の製造業から学ぶことも出来ますし例えば「5S運動」(整理・整頓・清潔・清掃・躾+衛生管理)等を実行することで、品質と生産性を高めることが出来ると考えます。

フルサービスのホテルにお客様が望む事は、時代とともに細分化しています。最近よくいわれているのが「CS(顧客満足)からCD(顧客感動)へ」という言葉です。CSを超えたCDをお届けして、それがES(従業員満足度)にも繋がればと思います。顧客ニーズの多様化、非日常・異日常的空間の追求が求められる中、顧客目線で手間暇を惜しまないサービスを提供することが大切です。人の心を動かす“コミュニケーション能力”を持たなければ、お客様を動かすことはできません。

現場の人材不足解消を、以下の3つを柱として考えてみたらいかがでしょう。①定年退職者の再雇用、②出産等離職した女性社員の再雇用、③外国人労働者受け入れ。まずは制度の見直しから着手して、人材不足を少しでも解消できるよう取り組むべきです。かつて1980年代にヒルトンで培って、今も通用する4つの言葉があります。それは、経営者や運営者に重要なDecision making(決定する力)、②Delegation of authority(権限の委譲)、③Flexibility(柔軟性)、④Speed(速さ)、です。

最後に、観光立国の基本理念は、「住んでよし、訪れてよしの国づくり」を実現することにあります。日本に住む全ての人々が、自らの地域社会や都市を愛し、誇りをもち、楽しく幸せに暮らしているならば、おのずとだれしもがその地を訪れたくなるでしょう。

​2020年に東京オリンピックを控えて、老舗ホテルの改修、ビジネスホテルチェーンの建設ラッシュ、外資系ホテルの参入などが相次いでいる中、我々はジャパンブランドの輝きを高めていけるよう取り組んでまいります。

中村 裕氏
一般財団法人日本ホテル協会 元会長 株式会社ロイヤルパークホテル 前会長 学校法人トラベルジャーナル学園 ホスピタリティツーリズム専門学校 校長

Profile:1963年 東京ヒルトンホテル入社。1987年 日本人として初めて東京ヒルトン・インターナショナルの総支配人に就任。25年間で大阪・名古屋・東京ディズニーランド・グアム・ソウルなどのヒルトンホテル立ち上げに従事。1988年 ロイヤルパークホテル開業の為、同ホテル総支配人として三菱地所(株)に移籍。1995年 三菱地所(株)常務取締役・ロイヤルパークホテル代表取締役社長総支配人。2000年 ロイヤルパークホテルズアンドリゾーツ代表取締役社長を兼任、横浜ロイヤルパークホテル・仙台ロイヤルパークホテル等の建設並びに開業に携わる。2001年 (株)ロイヤルパークホテルズアンドリゾーツ汐留の立ち上げに携わる。2005年 一般社団法人日本ホテル協会会長に就任。2014年 (株)カラーズインターナショナル会長に就任。2017年 Dusit Colours (株)代表取締役社長に就任。2001年 4月 国土交通大臣表彰受賞。2008年 11月 東京都功労者表彰受賞。2009年 2月 Visit Japan大使(Yokoso Japan 大使)任命。2013年 7月 外務省大臣表彰受賞
第3講「グローバル化するフードビジネスにおけるEAT+&」

イートアンド株式会社 代表取締役会長 文野 直樹氏

当社は1969年に大阪・京橋に5坪の餃子専門店からスタートし「おなかいっぱいの幸せ」をコーポレートスローガンに、これまで外食・食品の両輪で成長を続けています。

イートアンドという社名には「EAT=食」に「&=無限の可能性」を掛け合わせることで新たな食文化を切り拓く集団であり続けたいという想いが込められています。

「大阪の食を日本から世界に広げていきたい」という思いを持って日々仕事に励む中で、外食と冷凍食品のハイブリット型という独自のビジネスモデルを確立していきました。現在の売上高約300億円のうち150億円が外食の売上、150億円が冷凍食品の売上で、会社設立以来、連続増収です。

大阪王将の創業者は父の文野新造で、遠い親戚にあたる餃子の王将から暖簾分けする形で創業されました。創業時の日本は、新幹線で東西が繋がり、東京オリンピック、大阪万博と「生活の国際化」が一気に進んだ時代です。

アポロ11号が持ち帰った「月の石」展示で話題を集めた1970年大阪万博では、ファミリーレストランのロイヤルホストやケンタッキーフライドチキンなどが出店し、日本の食卓が洋式へと変化するきっかけとなりました。この頃から和食以外のメニューが食卓に並ぶようになり日常的な存在になっていきます。

ファミリーレストランなどの外食が普及しはじめたのも1970年代です。当時はファミリーレストランで外食することは、非日常で特別なイベントでしたが、高度経済成長期を経て人々の生活が豊かになるにつれ、外食産業は急速に発展し、日常化していきました。

第一の成長
ライフスタイルの変化の中で、看板商品の餃子が日常食ポジションを獲得し支持されていきましたが、単品で勝負するのは限界がみえてきました。

私が社長に就任した1985年から大阪王将の第2創業期が始まります。バブル以降は、食の多様化が進み、外食の選択肢がさらに広がってきたので、当社も餃子以外の中華メニュー開発を進めていきました。

この頃には、ファミリーレストランのかつての輝きは失われ、外食産業が成長期から衰退期に差し掛かったかにみえましたが、その後第二次外食ブームが到来し、デザインレストランが流行した他、ヌーベルシノワ、ティラミスなどがブームとなりました。

第二の成長
餃子専門店からフルメニューの中華料理店に変化を遂げ、さらに「もっと大きな会社に!もっと素敵な会社に!もっとたくさんの仲間を雇いたい!」という思いから、2002年に社名を大阪王将からイートアンドへ変更しました。社名をイートアンドに変更した理由は、餃子を中心とする中華メニュー以外にも事業を拡大するためです。

フランチャイズシステムを駆使して、焼肉業態、焼き鳥業態、寿司業態など、あらゆるレストランビジネスを展開するブランドポートフォリオ戦略により、新しいニーズに対応していきました。

このブランドポートフォリオ戦略により、優秀で豊富な人材が確保され、新メニュー商品が登場するなどの相乗効果をもたらし、ビジネスモデルはより進化していきました。暖簾分けとフランチャイズを合わせた“暖簾チャイズ”という独自のシステムにより、全国展開を実現しています。

第三の成長
店舗数が増えていく中で、外食産業はこれから需要の伸び悩みや競争の激化などで市場環境は厳しさを増すことが予想され、消耗戦を回避するためにも新たなポジションを模索していました。

そこで発見したのが冷凍餃子です。冷凍食品の分野の競合は当時5社ほどでしたが、メガカンパニーばかりだったので、周囲からはずいぶん反対されました。しかし外食産業の目から冷凍餃子を分析すると、従来の冷凍餃子には改善点が多くあることに気付きました。

イートアンドが開発した「たれ付き、水いらず油いらず、羽根つき、フタいらず!」の餃子は、調理が簡単で美味しく、他社製餃子との差別化に成功しました。現在の焼き餃子の日本市場シェアは第2位、水餃子は断トツでシェア第1位を獲得しています。

大手メーカーより冒険しやすい環境を活かして、冷凍餃子にイノベーションを起こしていきました。 「チーズGYOZA、定番の王道餃子、カレーぎょうざ」では、お酒と合わせた提案や、系列外食店で使えるクーポン配布、冷めても美味しい餃子開発など工夫をこらして展開しています。

第四の成長
創業50周年を機に、第四の成長戦略を考えています。人と情報が国境を越えて、より活発に、リアルタイムに行き交う時代になり、2020年東京オリンピック・パラリンピック、2025年大阪・関西万博が、日本経済における新たなスタートラインになるかもしれません。

2025年大阪・関西万博を機に「大阪は天下の台所。安くて美味いくいだおれの街」という大阪ブランドを前面に押し出していきたいと思っています。第四の成長のキーワードは「大阪生まれの食を世界に」そして「フルライン型フードメーカー」です。

現在、海外店舗を9カ国49店舗展開していますが、GDP(国内総生産)が高いシンガポールや台湾を中心に利益を上げています。海外進出しはじめのころは、現地の味にローカライズしたメニューを提供していましたが、台湾の店舗では、日本式餃子のノウハウを学んでもらい、本国でも日本で提供しているそのままの味、そのままのオペレーションでエリアFCを展開してもらっています。外国人社員は16カ国から500人ほど在籍しています。

大阪は“食の交差集積”の拠点です。大阪王将 道頓堀本店は、店長以外全て外国人スタッフで構成されています。お客様もほぼ外国の方が占めており、道頓堀はインバウンド需要に支えられている街です。昨年9月の関空連絡橋事故の際には、インバウンド客が減少し、4割近く売上がダウンしました。オペレーションの質を安定させるために、デジタル化も進められています。タッチパネル式注文システムや炒飯マシンを導入することで、オペレーション人件費は削減され、外国人でも運営可能になりました。

大阪証券取引所ジャスダック市場上場後、フルライン型フードメーカーの心臓部を担う生産事業の関東工場「幸せ発信基地」が移設・増強されました。この工場ではノウハウを自国で活かしたいというアグレッシブな外国人技能実習生を多数受入れています。

日本語教師を招いた語学教育や、多言語対応教育ソフトウェアによる衛生教育、ラインでの製造実務指導を行い、世界へ羽ばたく人材を育成しています。また、AI・ロボットを積極的に採用した新関東工場が、10月には完成する予定です。

​これからもどんどん食をアップデートしていき、「食文化の創造」を通して生活文化の向上に貢献するとともに、お客様に「食:EAT」+「&」を提案していきたいと思います。

文野 直樹氏
イートアンド株式会社 代表取締役会長

Profile:1959年11月29日大阪府出身。 1980年 父親が創業した大阪王将食品株式会社(現 イートアンド株式会社)に入社。 1985年 大阪王将食品株式会社(現 イートアンド株式会社)の代表取締役社長に就任。 2011年6月 ジャスダック市場へ上場。 2012年11月 東京証券取引所市場第二部へ上場。 2013年12月 東京証券取引所市場第一部へ指定。 2014年9月 大阪王将創業45周年。 2016年 イートアンド創立40周年。 2017年6月 代表取締役会長 就任。 2019年9月 大阪王将創業50周年
◇パネルディスカッション・質疑応答

陶山理事長(左上)小澤氏(右上)中村氏(左下)文野氏(右下)

陶山計介当研究所理事長(関西大学教授)をファシリテーターとして、講師の3名である小澤氏、中村氏、文野氏とともにパネルディスカッションを実施。1964年に開催された東京オリンピック、1970年開催の大阪万博と今回を比較しながら、「"交差集積"の時代をどのように認識しているか」、「そこでの課題やSDGsを実現していく上で何が必要か」、「ブランドとはどのような存在で、それを世界にアピールする際に何が重要となるか」など、さまざまな議論を行いました。

また、参加者からは、「2020年東京大会に向けたパラリンピック支援の具体例について」「グローバル化の中で日本人の働き方の長所とは」などの質問や感想が相次ぎ、活発な質疑応答がなされました。

パネリスト:
小澤 直氏:公益財団法人 日本財団パラリンピックサポートセンター常務理事(CEO)
中村 裕氏:一般財団法人日本ホテル協会 元会長 株式会社ロイヤルパークホテル 前会長
学校法人トラベルジャーナル学園 ホスピタリティツーリズム専門学校 校長
文野 直樹氏:イートアンド株式会社 代表取締役会長

コーディネーター:
陶山 計介 当研究所理事長・関西大学商学部教授
◇閉会の挨拶

最後に、関西大学東京経済人倶楽部 大津武氏より次回9月25日(水)東京第15回プチフォーラム/関西大学東京経済人倶楽部 第5回「カイザー・オープン・セミナー」のご案内と、講師、参加者の皆様への謝意が述べられ、無事閉会となりました。




 

◇総括

今回の東京第14回フォーラムは「"交差集積"の時代がジャパンブランドに求めているもの-スポーツ、ホスピタリティ、ビジネス-」をテーマで、お三方それぞれの分野でのこれまでの素晴らしい活動についてお話しいただきました。

2020年以降の我々の暮らしやビジネスが、より活発に展開されていくだろうと期待してやまない1日となりました。講師の方をはじめ多くの皆様のご協力により盛況のうちに終えることができました。ご講演いただきました3名の講師の皆さんには厚くお礼申し上げます。

2019/07/10

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