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【開催レポート】2022年2月度 東京第19回フォーラム

街づくりに向けたブランディング:エリアや空間の価値共創と魅力発信
 

「一般社団法人 ブランド戦略経営研究所」では、関西大学東京センターとの共催、関西大学東京経済人倶楽部の後援で「東京第19回フォーラム」&「第7回関西大学丸の内ゼミナール」を2022年2月18日(金)に開催しました。今回のフォーラム&ゼミナールのテーマは「街づくりに向けたブランディング-エリアや空間の価値共創と魅力発信-」です。

今回のフォーラム&ゼミナールでは、地域がそれぞれの価値や特長を活かして自律的かつ持続的に成長しながら、他地域とも交流や共生を通じて価値を共創する、そうした“地域コミュニティ”を創生するためには何が必要か、「しごと」が「ひと」を呼び、「ひと」が「しごと」を呼び込む好循環、それを支える「街」に活力を取り戻す上で何が必要になるのか、その中でブランディングや流通・マーケティングはいかなる役割を果たすのかを議論するため、この分野の最先端で精力的に活躍しておられる三人の講師をお招きしました。

冒頭、陶山理事長からの解題提起を受け、上野氏、松本氏、西村氏の3名の講師の方にご講演いただき、その後、陶山理事長のコーディネーターによるパネルディスカッションを行いました。

 

主催者開会の挨拶・オープニングスピーチ

一般社団法人 ブランド戦略経営研究所 陶山計介 理事長

高木克典当研究所事務局長(マックス・コム株式会社代表取締役)の司会のもと、当研究所の陶山理事長より東京第19回フォーラム&ゼミナール開催のご挨拶、及び当研究所の趣旨・事業概要、テーマ&トピックスについて説明がなされました。

陶山理事長:2002年に大阪でスタートしたブランド戦略研究会は、2012年に一般社団法人ブランド戦略研究所に改組して、そして名称もブランド戦略経営研究所に変更し、来年2022年1月に21年目を迎えます。

トップマネジメント、マーケティング、広告、広報、知財などのビジネスに役立つオールジャパンの全く新しいシンクタンクとして、次の5つの活動を中心に事業展開をしています。

1.ブランド戦略に関する日本を含む世界の調査・研究・情報収集活動
2.ブランド戦略に関する研究会・セミナーなどの開催を通した啓蒙活動
3.ブランド戦略やマーケティング、知財などに関する出版・広報活動
4.ブランド戦略に関する内外の諸機関等との連携・提携・交流
5.ブランド戦略等推進のための支援活動

本フォーラムのテーマは、「「街づくりに向けたブランディングーエリアや空間の価値共創と魅力発信」です。

2年に及ぶ新型コロナ禍の中で発出された緊急事態宣言やまん延防止等重点措置による国内外における「ヒト」の行動規制は、社会経済や都市・地域の機能低下と生活意識の萎縮をもたらしました。消費・買い物行動の変化、旅行や観光に対する需要の落ち込みなどがもたらした地方や地域における経済社会の活性化とコミュニティの再建、そこに暮らす人々の疲弊と苦難の打開が、重要な課題になっています。

そのためには中央や地方を問わず、都市や地域の産業のバランスの取れた発展、それを通じた地方や地域の活性化と住民の課題解決が不可欠です。そしてそこにおいて鍵となるのは、地域をまたぐ交通・通信や観光・旅行、産品やサービスの魅力向上など、ヒト、モノ、カネ、情報の相互交流、定住人口と交流人口の共生、それに立脚したエリアや空間の価値共創と魅力発信であり、新しい街づくりに向けたブランディングに他なりません。

 

地域のマーケティングにおける新たなパラダイムとして、次の2つが挙げられます。

・地域・都市を関係性=リレーションシップやネットワークとしてとらえる

信頼と委託、調整と妥協、社会性と革新をキー・コンセプトとして、企業やそれを支援するステークホルダーとの関係強化や戦略的提携という関係づくりによって、トータルな顧客満足追求や顧客問題解決をめざそうとする「リレーションシップ・マーケティング」は、その関係そのものが、独自のアイデンティティを構築し、コミュニティの競争力ともなる

・地域・都市の関係性=リレーションシップやネットワークがもつ信頼や調整の紐帯が、顧客体験と価値共創をもたらす

顧客が求めかつ共感する“体験”や“価値”は、ビジネス分野だけでなく、地域・都市のマーケティングにおける原動力であり、また目標ともなっています。「まち・ひと・しごと創生『総合戦略』」であげられている人口減少の克服・地方創生のための「地域の特性に即した地域課題の解決」は、若者を含む住民が求め・共感する“体験”や“価値”になるかどうか、そして彼らが地域・都市でコミュニティのメンバーとしての自覚を持ち、絆や関係性の構築に共鳴するかどうかが鍵となる。

 

これまでの地域ブランディングは、主に地場産品や特産品を中心としたモノのブランディング(例:夕張メロン)や、温泉地や観光地といった場所のブランディング(例:黒川温泉)を行うことで、モノやヒトの移動による経済的拡大を目的としてきました。

しかし、地域のマーケティングにおける新たなパラダイムを踏まえると、地域・都市に関与するステークホルダー間の絆やリレーションシップのあり方の集約的な表現、あるいはステークホルダーのために真のマーケットバリューが創造される心理的空間が、地域・都市ブランドとして考えられ、地域に関わる人々の自信と誇りと愛着、アイデンティティを確立することが、ますます重要になってきます。

 

したがって、地域がそれぞれの価値や特長を活かして自律的かつ持続的に成長しながら、他地域との交流や自然環境などとの共生を通じて価値を共創するために、ブランド戦略経営の観点から講師の方と共に、以下のトピックスについて議論していきたいと思います。

・「街づくり」と「しごとづくり」「ひとづくり」の好循環をもたらすためには何が必要か。
・「街づくり」=“地域コミュニティ”を構築する担い手は誰か。
・「街づくり」におけるブランディングや企業経営、商業、マーケティングの役割は何か。

以上、解題提起として本日のフォーラムテーマの解説を申し上げました。これから三名の講師の方のお話をお聞きし、さらにパネルディスカッションで本テーマを深めていきたいと思います。

陶山計介 当研究所理事長
Profile:一般社団法人ブランド戦略研究所理事長。関西大学商学部名誉教授。京都大学博士(経済学)。『ブランド・エクイティ戦略』(共訳著、ダイヤモンド社)、『日本型ブランド優位戦略』(共著、ダイヤモンド社)、『よくわかる現代マーケティング』(共編著、ミネルヴァ書房)などブランド・マーケティング研究の第一人者。日本商業学会元会長。

 

第1講「心が動くまちづくりが魅力価値を高める」

京阪ホールディングス株式会社 取締役専務執行役員 上野 正哉 氏

上野講師からは、「美しい京阪沿線、世界とつながる京阪グループへ」をビジョンに掲げ、「えきから始まるまちづくり」プロジェクトを例に、今や駅が、人が集まる拠り所となるパブリックスペースへと変貌し、沿線の価値向上に貢献している現状と、街づくりにも通じる、オーガニック事業の取り組みについてお話いただきました。

上野講師:

  • はじめに

私が1982年に入社しました京阪電気鉄道は、渋沢栄一が創立委員長となり設立された鉄道会社で、1910年に大阪の天満橋と京都の五条間で開業し、今年で112年になります。2016年に持株会社体制に移行し、商号を京阪ホールディングスに変更しております。運輸、不動産、流通、レジャー・サービス業の4つのコア事業で約50社の企業があり、その中で私は流通事業の統括責任者として、沿線での百貨店やショッピングセンター、スーパーマーケットなどの展開、沿線内外でのPM事業などを担っています。

京阪電車は琵琶湖から大阪湾に流れる淀川と、豊臣秀吉が築いた京街道に沿って走っており、沿線には景勝地や歴史的な神社仏閣などが多くありますので、沿線の観光戦略は創業当時から重要な戦略として位置づけられていました。

コロナ前に策定した現在の京阪グループの観光戦略は、インバウンドを意識した内容になっていますが、この戦略をベースにしながら、WithそしてAfterコロナの戦略が必要だと考えています。景勝地や神社仏閣などの観光資源を活かすことはもちろん、琵琶湖や淀川に沿った沿線として、「水の路」という観点からの新たな資源の掘り起こしもしていくべきだと考えております。

 

  • えきから始まるまちづくり

大阪と京都をつなぐ京阪電車の中間にある枚方市駅のリニューアルを皮切りに「えきから始まるまちづくり」という施策を推進しています。

枚方市にある樟葉駅周辺は、高度成長期の都市問題に対応するために、日本都市計画学会立案のマスタープランに沿って開発を進めたまちです。住宅地として成長する楠葉のまちの要として、1972年に日本で最初のオープンモールである「くずはモール街」を開業。当初から、商業施設の役割は単なる買い物の場ではなく、街路や広場の魅力づくりを通じて、コミュニティが生まれる場にしなければならないとの思いを持っていました。50年前から、コミュニケーションやパブリック空間を大事にしながら、商業施設をまちの核にしていました。

そして2017年には人口減少、少子高齢化が社会問題となる時代になりました。これからの時代に相応しい “まちを育てるまちづくり”が必要になっておりその中で、駅が果たすべき役割を果たしていくという「えきから始まるまちづくり宣言」の下、枚方市駅のリニューアルを行っています。

これからの駅の役割とは何かを考え、たどり着いたキーワードは「地域性」と「歴史性」そして「コミュニケーション」でした。時代が変わり、役割が変わっていく中でも、不変的なものがある、それが「地域性」と「歴史性」だと考えたのです。コロナ禍を経て、コミュニケーションの重要性が再認識されていますが、2017年当時から、デジタル化が進み世の中の価値観が変化しても、コミュニケーションは必要かつ重要なものであると考えていました。

コンセプトは「いつも使いたい、一度は行ってみたい駅」。定住人口と交流人口の両方へ向けた思いを込めていました。リニューアルが完成すると、これまで人が集う空間でなかった場所にも、常に人が滞留するようになり、コミュニケーションが生まれるいい空間になりました。

駅構内に設置した広場空間は、マルシェなども開催できるようにしましたが、物販だけではなく、地元のジャズフェスティバルやクラッシックコンサート、枚方市や交野市との連携、地域のお酒の紹介なども行っており、沿線や枚方の新たな魅力発掘や発信にも寄与しています。

駅のリニューアルを終え、現在は周辺の地権者さんと一緒に市街地再開発事業に取り組んでおります。完成した施設が、買い物の場だけではなく、地域の方にとって居心地がよく、ついつい行きたくなる場所とするためには、パブリック空間の作り方、そしてできてからの使われ方が重要です。

枚方ではソフト面でのまちづくりも進めています。枚方HUB協議会という組織を作り、エリアマネジメントなどについて勉強を始めており、先日大学の先生や設計会社の方に来ていただきシンポジウムも開催しました。まちづくり初心者でもわかりやすい内容のシンポジウム等を繰り返していく中で、地域のまちづくりの機運は盛り上がっていくのだろうと感じました。

 

  • KEHAN BIOSTYLE PROJECT

BIOSTYLE PROJECTとは、健康的で美しく、クオリティの高い生活を実現し、循環型社会に寄与するライフスタイルを目指すために、規制や我慢だけから生まれる活動ではなく、人にも地球にもいいものごとを、毎日の生活の中に、楽しく、無理なく、取り入れる循環型社会の実現を目指す活動です。

この原点は、2014年に京阪グループに入ったビオ・マーケット社にあります。同社は、生命や環境と調和して、共鳴する有機農業の理念に基づき、調和と多様性に富んだ社会の構築を目指し、40年前から環境や多様性に目を向けて、地道に、着実に確立してきた会社です。ビオ・マルシェというブランドで有機食品の宅配事業や卸事業などを展開し、全国300を超える有機農家に作付けしてもらい、約8割を買い取り、お客様に届けています。

有機農産物は、虫と病気が大きな敵です。一般の農産物は農薬を使って、解決していくのですが、有機農産物は、農薬を使用せず、作物を植え付ける間隔を空けてみたり、植え付け作物の種類を変えてみたりなど、手間をかけます。非効率な分、少しお値段が高くなるため、有機農業、JAS規格の価値が伝わらない間は、事業経営は非常に厳しい状態でした。
しかしこのコロナ禍で急激に状況が変わり、一人ひとりが自分のライフスタイルを見直すようになったためか、特に首都圏では、野菜の定期購入者が5割増となり、急激に事業がよくなりました。

上の写真は、ビオ・マーケット社のファーマーズマーケットの様子です。年に1回の収穫祭を、お客様と産地をつなげるために開催していました。しかしコロナ禍では開催できないということで、現在はライブ配信になっていますが、子どもたちの学びにつながる場をつくっています。

ビオ・マーケット社の創業時のスローガンは「まちを耕す百姓になろう」です。有機農業を広げていくことが、自然環境に配慮した、持続可能な社会づくり、食べる人々の豊かな暮らしにつながる、という思いが込められていました。現在の京阪グループで取り組んでいる新しいまちづくりは「まちを育てるまちづくり」ということで、まちを耕し、育てるまちづくりがつながりました。

ビオ・マーケットの精神と、「えきから始まるまちづくり」の思いをつなげるまちづくりが、これから京阪が取り組む方向だと思います。そしてこれが「心が動くようなまちづくり」につながると信じています。

 

  • 目指すべき新しいパブリックとは

ビオ・マーケットの取り組みもそうですが、やはり公益と利益とを両立させようとする中で、官民で区切られていた領域なようなものの線引きが良い意味であいまいになり、その線引きの基準が持続可能なまちをつくるためにというものになることで、人々の豊かな暮らしにつながるのではないかと思います。

「こころまち つくろう」、は京阪グループのスローガンです。心待ちにされる企業グループ、また心が通い合うまちをお客様と共に創り上げたい、という決意を込めたフレーズ。こころが動くまちづくりで、こころまちを実現していきたいと思います。本日はありがとうございました。

上野 正哉 氏
京阪ホールディングス株式会社 取締役専務執行役員

Profile:1982年京阪電気鉄道(現京阪ホールディングス)入社。京阪モール(大阪・京橋)リニューアルで”駅を変える、街を変える”をテーマに、京阪三条駅では”外から見た京都”をコンセプトにKYOUENをオープンさせ、KUZUHAMALLの全面建替えでは、”街と商業のバリューアップ”を行う。京阪流通システムズでは、PM事業を立ち上げ、京阪沿線外での商業ビルのPM業務を数々受託。日本百貨店協会理事、日本SC協会理事、京都大学サービスMBA学外委員を務める。

 

第2講「地方都市創生のキーファクター」

株式会社商い創造研究所・代表取締役/(株)賑わい創研・代表取締役 松本 大地 氏

松本講師からは、経済的価値と社会的価値が両立した地方都市創生を実現するには、どのような視点、手法、開発、運営が求められているのか。ジャズセッションのようにそれぞれのプレイヤーの音がフュージョンし、響きあい生まれる融合こそが、商業施設と街に新たな価値を創造するという観点から「身近なくらしを見直す」街づくりについてお話いただきました。

松本講師:

  • はじめに

東京駅の地下街・グランスタ初期の構想計画に携わり、マーケティングやターゲット設定、駅ナカ新業態導入などの提案を行いました。2007年に商い創造研究所を設立し、2018年には賑わい創研をつくりました。現在会員数90社、ショッピングセンターのデベロッパーやJRなどの鉄道会社、百貨店、専門店、メーカー、行政も含めて加入し、リアルメリットを追求した賑わいづくりを研究開発しています。

(賑わい創研HP:https://www.nigiwai.co.jp/

 

  • ニューノーマルの街づくりはハード整備からソフト整備へ

コロナによって世界は大きな変わり目を迎えました。まさにそれは「転機」であり、何かが終わり、また何かが始まる時期であるということです。これまでの「便利で快適な社会」から、これからは「生きるに値する社会」へと変わります。ニューノーマルのまちづくりのキーワードは、ウォーカブル、官民連携です。

コロナ禍で誕生した商業施設には、「パブリックスペースの充実」「官民連携」という大きな特徴があります。まるで街にインクが染み出すように、公園や商業施設がまちににじみ出るような浸透性を上手くつくると、パブリックスペースは時間消費を楽しめる場となり、街のブランド価値を向上させます。

これから公共空間は大きく変わっていきます。公園空間は戦後、子どもの人口が増えた時代には「量の1.0時代」でした。その後、少子高齢化の成熟化時代で遊具の質を高めていく「質の2.0時代」に入り、近年ではアートやカフェなどの要素が加わり「交の3.0時代」になってきたのではないかと思います。

全国に公園がない自治体はなく、行政が保有する不動産—道路、公園、公共施設などのアセットを、民間と共にどう生かしていけるのかが重要になります。公園から、クリエイティブで個性的な「交園」に変えていくことをご提案したいと思います。

 

  • 社会交流欲と地方創生

ローカルファースト、リバブルシティをキーワードとして、社会交流欲と地方創生についてお話します。

「社会交流欲」は、私が2007年に提唱したもので、マズローの欲求の5段階説に、もし第6の欲求があるとすれば、自分だけが自己実現をして幸せになるのではなく、周りの仲間やまちも一緒に良くなることで本当の自己実現に至る、共生という社会交流欲を指します。

社会交流欲を論じるきっかけは、日本最大級のショッピングモールである越谷レイクタウンのプロデュースでした。社会との絆づくりが、新しいショッピングセンターのキーワードになると、ポートランドとシアトルでのサステナブルの現地視察から、日本一エコなショッピングセンターへと方向性が変わっていきました。

この社会交流欲が高いと生活の質が高くなり、豊かに住みやすい都市になります。日常の暮らしの価値を大切にする街、住みやすい都市Livable Cityという概念について、ここではポートランドとメルボルンの2つの事例から紹介します。

 

  • 和歌山市の地方創生

ショッピングセンターの新しい業態開発・運営づくりと、まちづくりの両者に携わりながら、現在私が取り組んでいる和歌山市の地方創生の取組について紹介します。
南海電鉄の和歌山市駅の核店舗であった高島屋が2014年撤退し、他の店舗も抜けてしまったことで、駅周辺の賑わいが失われてしまいました。キーノ和歌山は2020年に開業した施設であり、ここに商業施設のほか、図書館、ホテル、オフィス、クリニックモールが入ったミクストユース、ローカルファーストの施設が出現しました。

 

南海和歌山市駅の周辺の調査から、ここでは観光客と地元住民両方のターゲットを取らないと事業として成り立たないことが分かり、地元からの評判の良いお店を回って、地域の人気店舗に入ってもらい、また食品売り場の生鮮産品は大手スーパーマーケットではなく、地域で有力な専門店が出店しました。

賑わいを取り戻すことに一役買ったのは、古くなった図書館を和歌山市駅に移転したことです。蔦屋書店とスターバックスを図書館に併設させると、これまで1年で20万人だった利用者が、100万人にまで増加しました。市民も街の居場所を求めていたのです。

今年度は中心市街地を活性化させるため、リノベーションスクールの企業版であるチャッカソンをつくり、公共・民間の余っている土地を活用する5つのプロジェクトを作り、和歌山大学にも入ってもらって一緒に進めました。

 

  • 和歌の浦地区における開発

また和歌山駅から車で15分程の海に面したエリアである和歌の浦地区にある明光通り商店街周辺には、古い建物を上手く生かした魅力的なお店があり、京都・奈良・大阪からの来訪もあります。ここが再生できると思い、この商店街のリノベーションにも取組んでいます。

開発コンセプトを「Wakanoura old meets new」として、和歌の浦の「温故創新」、古きを訪ねて新しきを創るというコンセプトの中で、進めています。

また明光通りでの事業プレイヤーを育てるために、ビジネスデベロップメントスクール「Business Development School」を開催しています。商店街に出店意欲のある個人や企業を、講師と受講生と共に考える機会を作っています。2か月前に空き店舗を貸してもらい、商店街の再生イベントをした際には、明光通りを愛する昔からのなじみの方が多く来場してくれました。

 

  • 地域経済循環なしに、地域創生はありえない

地方創生は行政が主体で進める時代ではなく、民間主導が成功のポイントだということは一つひとつの事例が物語っています。自治体は民間に寄り添って最大限の支援をし、民間はぜひまちづくり・デベロッパーとして自分事として取り組んでほしいです。そうすると日常を豊かにするローカルビジネスが育ち、そして地域も潤い、そこに外からも人がやってきます。地域資源を使った「食・モノ・泊」の業態開発は未知数で、大きなビジネスチャンスがあります。そのためにローカルファーストでの地域経済循環をさせなければ、持続可能な街づくりはできません。

現在、テレワークが進み、新しいライフスタイル・価値観を持った人が増え、社会の仕組みも大きく変化してきました。地方に移住する人も増えていくと、経済合理性を過度に重視した大都市への人口・機能集積を是正する突破口になります。そこには持続性や新しいライフスタイルを求め、自然環境の良い地域で暮らし、QOLを高めていく流れが広がっていくと思います。

豊かな可処分時間が生まれ、その時間の過ごし方に大きなビジネスチャンスが生まれました。こうしたライフスタイルの変化は、ビジネスの変化に直結します。ぜひこの変革期に、行政も民間も新しい価値観でチャレンジしてほしいと思います。

松本 大地 氏
株式会社商い創造研究所 代表取締役/株式会社賑わい創研 代表取締役
Profile:1952年神奈川県湯河原町生まれ。大学卒業後、山一證券、鈴屋、丹青社にて金融、小売、空間創造に携わり、丹青社にてマーケティング研究所所長を経て、2007年に商い創造研究所を設立。マーケティング、プランニングから業態開発、プロデュース業務を推進。その領域は先端のショッピングセンターから都市構想、地方再生まで及ぶ。経産省コト消費づくり委員、和歌山市、小田原市、鎌倉市、射水市、URアドバイザー、ローカルファースト研究会理事などに就任。 2018年新たな商業開発や街づくり、官民連携を研究開発する(株)賑わい創研を95社の会員で設立し代表取締役に就任。米国オレゴン州ポートランドのライフスタイルやヨーロッパの街づくり研究から、大学やファッション専門校での講義の他、著書「最高の商いをデザインする方法」や日経MJ「探訪新ライフスタイル」、商業施設新聞「商いの新しいものさし」繊研新聞「繊研教室」連載など、常に新たな時代潮流を発信する。

 

第3講「スイーツ店を地域資源として再発見する地域活性化—神戸ひがしなだスイーツめぐりの事例」

甲南大学ビジネス・イノベーション研究所長/経営学部教授 兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科客員教授 西村 順二 氏

西村講師からは、グローバル化やコト消費の時代における地域活性化や地域における新しい価値の創造と実践の具体的な事例として、神戸を中心とするエリアや空間の価値共創と魅力発信をめざす街づくりの取り組みと流通、マーケティング、ブランディングについてお話いただきました。

西村講師:

私の生まれは京都で、先ほど上野講師のお話を聞きながら、京阪沿線で育ったことを思い出していました。大学からは神戸に移り大学院まで進み、広島県の福山大学に助手として在席した後、甲南大学へ移り、国際交流センター長、学長補佐、産学連携のフロンティア研究推進機構長、経営学部長、副学長などを務めてきました。専門はマーケティング、学位論文は流通をテーマに執筆しましたが、本日は、神戸市でのスイーツをめぐる取り組みをご紹介します。

1.製造小売業としてのスイーツ産業の成長とは

洋菓子類の市場規模は、これまで右肩上がりで成長し続けていましたが、コロナをきっかけにダメージを受けました。また自ら作って売る「製造小売系」の市場が強いのですが、近年では、スーパーやコンビニを通じて売る「流通系」が少しずつ伸びてきています。

 

2. 地域特化の産業-神戸市のスイーツ産業

神戸市のメーカーであるユーハイム、モロゾフは全国でも高いポジションを占めており、また兵庫県内でみても、芦屋市や西宮市の製菓も有名ですが、売上高で上位を占めているのは神戸市のメーカーです。

神戸市のスイーツ産業は、1868年の神戸港開港から、第1次世界大戦、ロシア革命、関東大震災を経る中で、生まれてきました。その中で、これら政争、戦争、震災、近代化への模索が神戸スイーツ文化成長のきっかけとなりました。特に、住吉と御影地域が含まれる神戸市東灘区は、地勢的な成り立ちに起因し、スイーツ店が多く立地する地域となっています。

 

3. 製造小売業態の意味-製造小売と小売販売

洋菓子は、必要不可欠な製品ではないものの、一定の市場規模を維持してきました。先に申し上げたように、製造小売系は、出荷額ベースの構成比は大きいものの、流通系の方が伸びてきています。流通系は販路が広がりやすいため、成長率も高くなるのです。

全国で菓子小売販売が増え、製造小売系が減少する中で、神戸市では、事業所数、従業者数、売場面積、そして年間販売額のいずれにおいても、製造小売系が健闘しています。つまり神戸は、製造小売における「集積の個性・特色」があり、洋菓子が産業として成立していることから、ここに成長戦略があると考えました。

 

4. 消費地近接における集積のもたらす効果-生産地集積と消費地集積

ここからはやや専門的な話ですが、よく産業集積では「地域特化の経済」と「都市化の経済」(MacCann,2001)などがよく言われます。その中でいくつかの切り口から製造小売系と小売販売の差を分析し、神戸の成長戦略を検討しました。その結果、神戸は製造小売業の労働集約性が高く、スイーツに特化した産業をもつ都市であることが分かりました。

さらに洋菓子会社上位11社のプロダクト・ポートフォリオ・マトリックス(PPM・2010~2019年)の作成を通じて、スイーツ市場の構造変化を読み取り、洋菓子業界全体の特徴を明らかにしました。そこでは、流通系においては、徹底的に売れ筋に追随するという傾向がみられました。

 

5. 「ひがしなだスイーツめぐり」の事例-神戸市東灘区地域活性化

東灘エリアに数多く点在するスイーツ店を巡るバスを走らせ(点から線へ)、そしてさらに地域・まちへと繰り出してもらうため、店主の協力を要請し、そして地域の街づくりを進めている方々には多様な地域の活動をしてもらい(線から面へ)、地域資源をつなぐコミュニティデザインを行うのが「ひがしなだスイーツめぐり」プロジェクトです。

「地域の、地域による、地域のための」プロジェクトとして、地域のヒト、モノ、カネ、情報、情的資源を活用して地域資源のつながりを広げること目指し、2011年より活動をスタートしました。

スイーツを取り巻く、民・学・産の賛同者を募り、「ひがしなだスイーツめぐり実行委員会」を立ち上げ運営を開始。商工会議所、商店街振興組合など様々な方に参加してもらいましたが、あえて運営にはスイーツ店の方を入れず、意見交換会を実施して、各店からきちんとお話を聞くようにしました。

国交省の協力を得て、土日祝日だけの13日の期間限定で、41店舗が参加するスイーツバスを運行しました。大人200円、こども100円のフリーパスを発行。スイーツ店単独のイベントのほか、地域のコミュニティ活動を見せるイベントも実施して、点から線、線から面へと地域資源をつなげました。

期間中は天候に恵まれませんでしたが、1日100名の想定を大きく上回る平均600名ほどが利用。ウイークリーイベントには3.5万人が参加し、地元企業、地域団体、商店街、大学との数多くの交流がありました。

このように関係者が創意工夫をしながら主体的な取り組みができたのは、①ヒト・人財、②地域ポテンシャル、③情的資本の3つを、上手く重ね合わせることができたからだと考えます。

以降は、利便性を向上させるため、バスルートの変更や販売方法、情報発信に工夫を加えながら、新たな取り組みも追加し、継続して行ってきました。スイーツバスの乗客は年々少なくなっているものの、毎年期間中は300~500人/日が利用しています。

「地域の人々の、地域の人々による、地域の人々のためのイベント」であるため、スイーツ店は地域資源の一つであり、そこで閉じないで、オープンなプラットフォームを作り上げることができました。するとステークホルダーがはっきりし、拡張することができるため、正統性や社会性がでてきて、魅力ある地域資源を核にして巻き込む人を増やすことにつながったのだと思います。

西村 順二 氏
甲南大学ビジネス・イノベーション研究所長/経営学部教授 兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科客員教授

Profile:神戸大学経営学部商学科卒業。同大学院経営学研究科博士前期課程修了、福山大学助手、神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。福山大学専任講師、甲南大学助教授、英国リーズ大学・英国エディンバラ大学客員研究員を経て現在に至る。博士(商学)(神戸大学)。 この間、甲南大学国際交流センター所長、同学長補佐、同フロンティア研究推進機構長、同経営学部長、同副学長等を歴任。 現在、日本学術振興会産業構造・中小企業第118委員会委員、神戸市大規模小売店舗立地審議会会長、神戸市都市計画審議会委員、西宮市産業振興審議会委員、朝来市地方創生会議会長、朝来市観光基本計画評価委員会会長、堺産業懇話会会長、(公財)神戸市産業振興財団評議員、(一財)神戸市学校給食会評議員 等を務める。 近著として、単著『マーケティングとSNSのミカター地方創生への処方箋』中央経済社、2021年。共編著『地域創生マーケティング』中央経済社、2021年、その他がある。

 

 

パネルディスカッション・質疑応答

陶山理事長(左)、上野氏(中央左)、松本氏(中央右)、西村氏(右)

陶山計介当研究所理事長(関西大学名誉教授)をファシリテーターとして、講師である上野氏、松本氏、西村氏の3名とともにパネルディスカッションを実施しました。

各地域がそれぞれの特長を活かして、地方から自律的で持続的な社会を創生する、「しごと」が「ひと」を呼び、「ひと」が「しごと」を呼び込む好循環を確立するとともに、その好循環を支える「まち」に活力を取り戻すことの大切さ、街づくりの担い手の育成努力と利害関係の調整、そこにおけるブランディングやマーケティングの役割などについても議論がなされました。その他限られた時間の中ではありましたが、講師の皆様からは貴重なお考えを伺うことができました。

 

閉会の挨拶

最後に、本フォーラムの共催団体である関西大学東京経済人クラブと後援団体の関西大学東京センターを代表して、関西大学東京経済人クラブ運営委員/JLLモールマネジメント株式会社取締役会長・大津武氏より、講演を受けて閉会の挨拶をいただきました。今後も持続可能な社会に向かって、BSMIと関西大学東京経済人倶楽部との連携を深めていきたいとお話しいただきました。

 

総括

今回の東京第19回フォーラムは「街づくりに向けたブランディング:エリアや空間の価値共創と魅力発信」をテーマに、お三方からそれぞれの分野でのこれまでの素晴らしい活動や研究についてお話しいただきました。講師をはじめ多くの皆様のご協力により本フォーラムを盛況のうちに終えることができました。ご講演いただきました三名の講師の皆さんには厚くお礼申し上げます。

 

2022/02/18

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