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【開催レポート】2021年10月度 大阪第7回フォーラム

健康経営とインターナルブランディング:
『ヒト』力によるビジネス課題と社会課題の実現
 

「一般社団法人 ブランド戦略経営研究所」では、関西大学 経済・政治研究所(「関西ファミリービジネスのBCMと東アジア戦略研究班」)の後援を得て大阪第7回フォーラムを10月25日(月)に開催しました。テーマは「健康経営とインターナルブランディング:『ヒト』力によるビジネス課題と社会課題の実現」です。

関西大学 経済・政治研究所「関西ファミリービジネスのBCMと東アジア戦略研究班」は、ポスト・コロナ時代の関西ものづくりファミリービジネス(FB)によるBCM(事業継続マネジメント・事業承継)と東アジア戦略を研究テーマとする研究班であり、当日会場には同研究所主幹の上野恭裕 社会学部教授にお越しいただきました。

今日の新型コロナ感染症(COVID19)のパンデミックによる、社会意識変化や就業環境の変化がみられる中、一層注目される「健康経営」について、ブランド戦略経営の観点から光を当てようとするのが、今回のフォーラムです。「健康経営とインターナルブランディング:『ヒト』力によるビジネス課題と社会課題の実現」をテーマとして掲げ、新型コロナウイルス感染症の危機からの脱却、また安心・安全をふまえた健康経営やビジネス・イノベーション、さらにSDGsやESGといった社会的課題を実現する道の模索について、同分野の最先端で精力的に活躍しておられる三人の講師の方々からお話を伺い、パネスディスカッションを通じてテーマに関する議論を深めました。

冒頭、陶山理事長からの解題提起を受け、阿久津氏、中島氏、伊藤氏の3名の講師の方にご講演いただき、その後、陶山理事長コーディネーターによるパネルディスカッションを行いました。

 

主催者開会の挨拶・オープニングスピーチ

一般社団法人 ブランド戦略経営研究所 陶山計介 理事長

松下正 当研究所理事・事務局次長(弁理士、古谷国際特許事務所)の司会のもと、当研究所の陶山理事長より大阪第7回フォーラム開催のご挨拶、及び当研究所の趣旨・事業概要、本フォーラムのテーマ&トピックスについて説明がなされました。

陶山理事長:2002年に設立したブランド戦略研究会は10周年を迎えた2012年を機に一般社団法人ブランド戦略研究所に改組し、さらに2020年10月には現在の「ブランド戦略経営研究所」に名称を変更いたしました。

「ブランド戦略経営」の推進を目的として、関連する調査研究、教育・研修・普及活動の拡充、積極的な出版・広報活動、内外の諸機関との連携・提携・交流の活発化等に取り組んでおります。

本日のフォーラムのテーマ&トピックスは、「健康経営とインターナルブランディング:『ヒト』力によるビジネス課題と社会課題の実現」と設定しました。労働人口減少や社会保障費の拡大を背景として、従業員の健康保持・増進に向けた健康投資と健康経営の推進が提唱されております。

経産省は、日本再興戦略、未来投資戦略に組み込まれた「国民の健康寿命の延伸」の取り組みの1つとして「健康経営」を位置づけ、これに取り組む上場企業の銘柄選定や健康経営優良法人の認定を進めることで、従業員の活力・生産性の向上といった組織の活性化や、業績向上、組織としての価値の向上を企図しています。

日経「Smart Workプロジェクト」も同様に、多様で柔軟な働き方の実現により、人材を最大限活用することで、イノベーションの力や生産性など組織のパフォーマンスを最大化することを目指す経営戦略を掲げています。

本日のフォーラムでは、新型コロナウイルス感染症の危機からの脱却、また安心・安全をふまえた健康経営やビジネス・イノベーションの推進、さらにSDGsやESGといった社会的課題の解決を進める道を模索したいと考えています。

三名の講師の方々には、下記のトピックスについてお話をいただきます。

  • 企業ブランディングの理論や実践の観点から、健康経営ブランディングを捉える健康経営がいかに「企業理念を浸透させてエンゲージメントを高め、企業ブランドの価値を向上させる」のか。
  • ビジネス課題と社会課題の両者の解決を目指すGMSの経営理念が、いかに従業員の満足やモチベーションアップ、パフォーマンスの向上などの経営成果につながっているか。
  • IoTやDX、今般の新型コロナ感染症の中でインターナルブランディングが注目される理由、また欧米や日本における理論/実践、特徴/課題、さらに健康経営やエクスターナルブランディングとの関係はどうか。

 

主要なメディア(新聞・雑誌・ウェブ等)における、「健康経営」を取り上げる記事は、経産省が「健康経営優良法人認定制度」を創設した2014年以降で数多くみられるようになりました。また「インターナルブランディング」の記事件数も、同時期に大幅に増大し、社内に自社ブランドのビジョンを浸透させるという意味での「インターナルブランディング」が頻繁に使われるようになりました。

当初「健康経営」は、予防や未病等、医療費抑制の手段として扱われてきましたが、これが次第に企業の差別化やイメージアップの要素として捉えられるようになりました。またインターナルブランディングについては、従業員や経営者に対するブランディングはもちろんですが、それが経営成果といかに結びつくのか、あるいはエクスターナルブランディングとどのような関係にあるか等、様々な論点・課題が提起されています。

このインターナルブランディングと従業員のパフォーマンス、あるいは経営成果との関係については、欧米で先進的な議論が進められていますが、今後さらに実証的な研究を推し進めることが必要です。

以上、本日のフォーラムのテーマである健康経営とインターナルブランディングについて解題を申し上げました。これから三名の講師の方のお話を聞き、さらにパネルディスカッションで本テーマを深めていきたいと思います。

陶山計介 当研究所理事長
Profile:一般社団法人ブランド戦略研究所理事長。関西大学商学部名誉教授。京都大学博士(経済学)。『ブランド・エクイティ戦略』(共訳著、ダイヤモンド社)、『日本型ブランド優位戦略』(共著、ダイヤモンド社)、『よくわかる現代マーケティング』(共編著、ミネルヴァ書房)などブランド・マーケティング研究の第一人者。日本商業学会元会長。

 

第1講「健康経営ブランディングの現状と課題」

一橋大学大学院経営管理研究科国際企業戦略専攻教授/DBAプログラムディレクター 阿久津 聡氏

阿久津講師からは、現在推進されている健康経営の潮流と共に、企業ブランディングの中で健康経営を実現するためのスキームやそれが機能するためのメカニズムを経営学、文化心理学、神経科学など包括的な枠組みからお話しいただきました。

 

阿久津講師:

1.健康経営とは?

健康経営の背景には、工場法(1897-)から端を発する産業保健の体制構築があります。工場で働く労働者の安全や衛生を担保することから出発して、次第にあらゆる職場における労働者の権利が明確化されると、企業は安心安全な労働環境を提供するよう義務付けられるようになりました。ここから健康経営への取り組みが開始され、これらを主導していた厚生労働省(旧労働省)は、現在でもデータヘルス計画を策定する等、活発な取り組みを進めています。

一方、社会経済的な背景をみると、欧米では従業員の健康を担保・増進させることが会社の繁栄に結びつく、ということが論じられてきました。また企業からも健康経営により業績が向上したということが報告されるようになると、日本国内でも経済産業省の主導により、健康経営銘柄の認定制度(2014-)や健康経営優良法人の認定制度(2016-)が進められるようになりました。

さらにサステナビリティの観点から、国連のSDGsをはじめ、ESG投資等の流れの中で健康経営も位置づけられています。

産業保健が目指していたことは、作業環境や作業方法の改善により労働者の健康を実現することでしたが、一方で健康経営は、産業保健を土台としながらも、法令順守を超えて、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践することに特徴があります。2006年に発足した健康経営研究会の定義では、健康経営を「健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」と定めています。

 

2.健康経営が機能するメカニズム

「健康経営のあるべき姿」を示したスキームを、健康経営を推進する経済産業省ヘルスケア産業課が提示しています。ここでは企業理念に基づいた中長期的な投資により、従業員の活力増強、優秀な人材の獲得、組織の活性化、イノベーションの源泉獲得・拡大などといったリターンを得る、ということが示されています。同時にこれらは社会にも波及効果をもたらし、企業の社会的な責任も果たすことになります。

ジョンソンエンドジョンソンが自社で行った健康経営の費用対効果をみると、健康投資(保健指導スタッフ・フィットネスルームといった人件費や設備費)1ドルあたり3ドルの投資リターン(生産性向上、医療コスト削減、リクルート効果、ホワイト企業としてのイメージアップ等)があると報告されています。

これに基づいて健康経営に期待される役割として、次の5つが挙げられます。

健康経営に期待される役割:

  • 生産性の向上
  • 従業員の健康不安に対するリスクマネジメント
  • 医療費負担の軽減
  • 企業イメージの向上
  • 従業員の定着・離職率の改善

 

3.健康経営を実現する企業ブランディング

成功事例をみると、企業ブランディングの枠組みの中で健康経営に取り組むことが望まれます。

近年のSDGs、ESG投資といった社会全体の持続可能性に対するニーズの高まりを背景として、グローバル・ソサエティに対してはサステナビリティに貢献することで受け入れてもらうこと、一方で従業員に対しては企業理念に共感してもらうことが必要です。そうであれば、理念経営という言葉でも良さそうですが、ここではあえて「ブランド理念経営」を用いたいと思います。

これは、企業の周りに存在する多様なステークホルダー(従業員、お客様、ビジネスパートナー、株主・投資家、地域・社会)に対して、一貫した企業のメッセージを発信することは困難であるためです。こうした問題には、ブランドによってシンボリックに伝えていくという、マネジメントが有効に働くため、ブランド理念の活用を提唱しています。

ブランド研究における企業ブランディングの枠組みからみれば、シンボリックな「企業理念・メッセージ」は、「企業の文化・能力(アイデンティティ)」と「外部の評価(イメージ)」を動態的に整合させていくための推進力となります。この「企業のアイデンティティ」と「外部イメージ」が完全に一致することはほぼなく、また社会が変化する中でこの両者の関係性が固定化してしまうことも問題です。変化に対応しながら、「企業のアイデンティティ」と「外部イメージ」を動態的に整合させるための推進力として、「企業ブランドのメッセージ」を活用するのです。

 

4.健康経営ブランディング

こうした企業ブランディングの中に、健康経営を明示的に組み込むことが健康経営ブランディングです。企業ブランドの理念・メッセージの中に、従業員の健康維持や増進を組み込むことはもちろん、従業員の健康に資する実際の施策や取り組みも重要ですが、健康経営ブランディングでは、企業のパーパスやミッションに共感してもらうことが何よりも重要です。

従業員の共感により働きがいを感じてもらうとワーク・エンゲイジメント(活力・熱意・没頭)が高まり、個々の健康に対してもプラスの影響を与えます。これらワーク・エンゲイジメントを通じた従業員の健康増進や病気の予防が、間接的に生産性やパフォーマンス向上にもつながるのです。

ワーク・エンゲイジメントを高める資源には、次の2つがあります。

個人の資源:

個人の価値観や特性、内発的な動機付けであり、企業ブランド理念への共感と共鳴を指す(自己効力感、楽観主義、レジリエンス、仕事の意義)

仕事の資源:

組織が従業員に提供可能な資源であり、企業の文化・能力(アイデンティティ)や、上司の価値観/個人特性、リーダーシップを指す(上司・同僚のサポート、仕事の裁量権、フィードバック、コーチング、課題の多様性、トレーニングの機会)

また今般のコロナの影響から広く普及したオンラインでのコミュニケーションにおいては、いかに「共感」を担保していくかが重要です。オンラインでは、対面に比べて、相手の表情や全体的な雰囲気が読みにくくなるため、心理セラピーの分野における知見(共感を担保するためのトレーニング等)を取り入れる、あるいは新しいデバイスやアプリを使って共感をビジュアル化し、即時的に、双方向で、確認できるコミュニケーション支援システムを取り入れることが必要です。

 

5.組織と個をつなぐワーク・エンゲイジメント

ワーク・エンゲイジメントという言葉を初めて聞く方が多いかもしれません。私はこのワーク・エンゲイジメントを用いて、経営の視点でとらえた「健康経営」を次のように定義しています。

経営の視点でとらえた「健康経営」とは:

産業保健の基盤に立って、経営理念の浸透と実現を通して従業員のワーク・エンゲイジメントを向上させ、その結果として生産性の向上と授業印の健康保持・増進を実現する持続可能な経営手法

企業の成長と従業員の心身の健康との間に立つものが「ワーク・エンゲイジメント」であり、特定の対象、出来事、個人、行動などに向けられた一時的な状態ではなく、仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情のことを指します。具体的には、以下の3つの側面があります(Schaufeli and Bakker, 2005)。

  • 仕事に誇り・やりがいを感じて熱心に取り組む
  • 仕事に没頭・集中する
  • 仕事から活力を得て活き活きしている状態

このワーク・エンゲイジメントに影響を与えるのが、先ほどご紹介した、「仕事の資源」や「個人の資源」であり、このワーク・エンゲイジメントの向上に呼応して、仕事・組織への肯定的な態度(職務満足度、離職率低下等)、組織行動(始発性、学習への動機づけ等)、仕事のパフォーマンス(顧客満足度等)、健康(抑うつ、心理的苦痛の軽減等)といった結果につながります。

 

6.健康経営を維持させるらせん状上昇サイクル

健康経営ブランディングにおいて重要なことは、企業ブランド・理念に対して従業員が共感していることであり、これによりワーク・エンゲイジメントを高め、企業のパフォーマンスを上昇させることです。また従業員の共感・共鳴につながる、外部からの高い評価も非常に重要であり、共感・共鳴といったコミュニケーションのサイクルの中に、外を巻き込むことが企業ブランディングをスパイラルアップさせるために重要となります。

阿久津 聡 氏
一橋大学大学院経営管理研究科国際企業戦略専攻教授、DBAプログラムディレクター
Profile: 一橋大学商学部卒。同大学大学院商学研究科修士課程修了(商学修士)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授などを経て、現職。 日本マーケティング学会副会長。株式会社アダストリアやWorkWay株式会社などで社外取締役を務める一方、企業ブランディングによって持続的に業績を向上させる経営のあり方を研究している。特に、企業ブランドが象徴する経営理念によって従業員の健康まで実現する「健康経営ブランディング」を提唱している。
主な著書に『ブランド戦略シナリオ』(2002)、『職場ではぐくむレジリエンス』(2019)、訳書『ストーリーの力で伝えるブランド』(2019)、『ブランド論』(2014) がある。直近では、職場での感情の精神・健康への影響を研究している。経営学的視点から企業という文脈で社員のやりがいや誇りとの関係性を遺伝子発現から検証した世界初の研究Work, meaning, and gene regulation (2016, Kitayama et al eds.) がPsychoneuroendocrinologyに掲載された。その他海外学術誌を中心に論文・寄稿多数。

 

第2講「FinTechイノベーションにより新たな社会を創造するグローバル事業開発の実践」

Global Mobility Service株式会社 代表取締役社長 中島 徳至 氏

中島講師からは、GMSの現況、設立の経緯や想いをはじめ、「モビリティサービスの提供を通じ、多くの人を幸せにする」という経営理念のもとGMSというブランドを従業員と共に全社一丸となって体現していく(“Living Brand”)インターナルブランディングの取り組みについてお話しいただきました。

中島講師:

1.はじめに:講師プロフィール、これまでの起業履歴

先ほどの阿久津講師の講演を踏まえて、健康経営について経営者として自身にも問いかけながら、私たちの取り組みをご紹介して参ります。私はこれまで3度の起業を経験してきましたが、起業1社目、2社目は、電気自動車(EV)ベンチャーを行ってきました。

電気自動車といえばアメリカのテスラ社が有名ですが、2009-2010年当時、テスラ社に匹敵する技術をもっていたのが、起業1社目のゼロスポーツです。大手自動車メーカーから受託をして、50車種ほどの電気自動車を開発。「車を何もないところから作る」という理念に基づき、戦略や計画づくりを行い、また社員にゼロから作る経験をさせて、時代の先頭を走るために必要な心構えをつくるなど、様々な経験や困難を噛みしめながら経営してきました。

2010年頃の日本は、ハイブリッドや燃料電池など様々な環境対応車の選択肢があり、電気自動車でなくとも良いという意見も多かった時代でした。サプライヤーを含めて日本国内で事業を作り上げるのが難しかったため、海外に活路を見出すため国際的なEVコンソーシアムを結成しました。

その頃、アジア開発銀行の経済支援を受けてフィリピンでは、延べ10万台の電気自動車を導入する計画が立ちあがっており、EVコンソーシアムのリーダーとしてこの国際入札を勝ち取り、現地でEVを製造販売すべく2社目の起業となるビート・フィリピンを設立しました。

ビート・フィリピンは、フィリピン初の電気自動車メーカーとして良いスタートを切ることができましたが、次に「普及の壁」に直面しました。フィリピンでは、新しい車を買うことができない方が大勢いて、経年劣化した車両が街中に溢れ、騒音や排ガスが社会問題となっていました。政府や政治でも解決困難なこの課題にチャレンジするため、2013年にGMSを起業しました。

 

2.GMSの経営理念、社会的使命

経営理念は、将来に渡り会社を成長させていくために、様々なステークホルダーからの期待や想いをしっかりと示す必要があります。特にビジョンは、「まじめな人に働く人が正しく評価されない」という現実をみて感じた「信念」の表れです。

世界をみると、まじめに働いても車を買えない方は17億人もいるのが現状。たとえ返済能力があったとしても金融機関から与信が提供されないのです。この社会課題を解決するポイントは「金融、モビリティ、職業」の3つです。デジタルテクノロジーが大きく進化し、これを後押しするサービス・プレイヤーも数多く現れたことで、これら3つの分野を結びつけたイノベーションの実現につながりました。

2013年11月に設立したGMSは、当時私一人の資本金からスタートしましたが、設立当初から様々な方に応援いただき、現在ではフィリピン、インドネシア、カンボジア、韓国で現地法人をもち、日本では東京と岐阜の2拠点で280名の社員と一緒に仕事をしています。

 

8年前に起業した際には、どのベンチャーキャピタル・投資家からもまったく相手にされず、お金を借りられない人の頑張りを可視化して成長を促すという事業は、当時なかなか理解されませんでした。

しかし、現在ではモビリティ分野をはじめ、金融、IoT、セキュリティ・認証分野などの企業15社以上から出資や様々な賞もいただき、私たちのような社会課題解決型、SDGs・ESG型の企業に光が当たるようになったと感じます。私たちが掲げる「金融にアクセスできない方々を救い上げる金融包摂型のFinTech」は、ひとえに頑張る人のためのFinTechであり、このような想いに市場の期待が高まっているのだと思います。

 

主に個人事業主の方の仕事をサポートし、伴走しながら、アナログ時代の金融やモビリティ、働き方の常識や環境を、GMSの取り組みによって変革してきました。ローンサービスを活用して支払いを終えると、収入は全て可処分所得となり、ファイナンスの活用や就業機会、働きがいや家族全員の幸せな生活へとつながります。私たちはこの幸せの実現のために取組んでいるのです。親の経済的貧困が子供の教育に与える負の影響は大きく、この負のスパイラルを断ち切ることが、私たちの使命だと考えます。

 

3.GMSのビジネスと社会変革

GMSの事業化でまず目を向けたのが、フィリピン全土で400万台普及しているトライシクルというバイクタクシーで、このドライバーの方の貧困率は約90%。もちろん車両は購入できず、生涯にわたってローンを活用できません。家の購入や子供の大学進学などもできず、貧困を抜け出せない状況に陥っています。

従来のファイナンスが対象としてこなかった「支払い能力があるが与信審査が通らない層」の年間1.5億台分の市場を対象に、車両を提供しようとGMSの取り組みを始めました。

具体的には、遠隔起動制御デバイス(MCCS)に、IoTのプラットフォーム(MSPF)を連携させることで様々な利用者のモビリティデータを可視化。さらに金融機関と提携して、このモビリティデータを活用することで、従来のローン審査では通過しなかった方へのローンサービスの提供を可能としました。

 

ローンサービスは利用者の幸せにつながりますが、一方で金融機関としては、支払いがきちんとなされるかが気になります。これに対して、車両のエンジンシステムと自動決済システムとを連携させ、支払いが滞れば遠隔操作により車両エンジンがかからなくなり、また銀行・コンビニATM等でのローン支払い後には直ぐにエンジンの再始動が可能になる、というシステムを作りました。

車両のローンサービス利用はもちろん、ドライバーのデータを活用して働きぶりを可視化することで新たな信用を創造し、利用者が求める教育ローンなどの新たなファイナンスの機会も創出しています。

 

グラミン銀行のマイクロファイナンスは、貧困層がそのレイヤーの中で生活できる仕組みを構築してきましたが、GMSではデジタルを活用することで、貧困層・低所得者層を中間層のレイヤーへと押し上げる取り組みを行っています。ローンサービスが提供可能になると、金融機関とまじめに働く利用者との混じり合いが生まれてきました。これにより、車両販売店、金融機関、契約者、国や地域、そしてGMSの「5方良し」となるサステナブルな状態が出来てきています。

 

4.GMSが描く未来、理念経営の実践

GMSの取り組み一つひとつが、とても困難なものではありますが、私たちの取り組みは、SDGsの最優先課題である「Goal 1:貧困をなくそう」の解決につながり、さらにGoal4の教育、Goal8働きがい・経済成長、Goal10の人や国の不平等の是正への貢献にもつながります。経団連では、このGoal1をCSRではなく、事業化によって貢献しているGMSに大きな期待を寄せていただいています。

 

阿久津講師のお話にあったように、経営理念がまずあり、これに対して社員の共感や共鳴があってはじめて、戦略や戦術、目標まで共有でき、健全な気持ちに対して数字が伴ってくるのだと思います。

特に私たちのようなスタートアップは、自分たちで稼がないといけない、という危機感があります。その中で健全な身体と心を宿らせるためには、夢や希望に向かって頑張ることのできる土俵を、企業責任者は作る必要があります。そこで頑張るのは社員たちで、チャンスが人を育てるという風に思いながら、結果として社会にくさびを打つだけでなく、会社が様々な方々に対して良い影響を与えれば良いと思います。

 

社会性、グローバル、ローカルという3つの視点をもって、会社の成長と、社員の成長、そして関連する利用者の成長というインターナルな成長を目指す中で、外部に対しては意識せずとも湧き出していくような素晴らしさを示していけたら良いと考えています。

中島 徳至 氏
Global Mobility Service株式会社 代表取締役社長
Profile:これまで3社を起業したシリアルアントレプレナー。2社目をフィリピンにて起業し事業展開する中で、多くの人々が与信審査に通過できず車の購入や利用ができないという現実を目の当たりにし、2013年、金融包摂型FinTechサービスを展開するGlobal Mobility Service㈱を設立。金融・モビリティ・貧困層を繋ぐことで利用者の生活が豊かになるFinTechモデルをASEAN諸国や日本で展開している。
2018年経産省J-Startup企業認定。日経ビジネス「世界を動かす日本人50」、Forbes JAPAN「日本の起業家ランキング BEST10」にて2019、2020、2021年に3年連続選出、2019年度「中小企業庁長官賞」、直近1年間で「経済産業大臣賞」3度受賞など。

 

第3講「”Living Brand”(ブランド体現)とインターナルブランディング」

社会保険労務士法人ソーケム代表社員 伊藤 佳代氏

伊藤講師からは、AIやIoTなど今日における先進テクノロジーの急速な発展にともなうDX、CXとビジネスプロセスの改革に関連したインターナルブランディングによる“Living Brand”(ブランドの体現)の実現という考え方や人的資源管理をめぐる事例や課題、今後の展望ついてお話しいただきました。

 

伊藤講師:

1.社員を取り巻く環境

経団連が毎年提出している報告書「経営労働政策特別委員会報告(2021年1月)」では、ウィズコロナ時代における人事労務改革として、働き方、雇用システムの検討など、人の重要性を最重要課題として示しています。

また新型コロナウィルスにより、就業形態が大きく変化しました。ウィズコロナ時代では、テレワークは当たり前の就業形態となる一方で、コロナ禍では、人と人との交流を断ち切ることが要請され、コミュニケーションが大きく変化しました。

さらにDXの進展ともに、社内の組織人事制度のフルモデルチェンジが要請されています。経産省ではDX定義を次のように示しており、「組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立」することで、社内の組織人事制度を一新することが謳われています。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」

出所:経済産業省「『DX推進指標』とそのガイダンス」令和元年7月 

以上、テレワークをはじめ就業形態の変化に伴うコミュニケーション不足により、会社のビジョン、ミッションへの共感が困難になり、ここにDX推進などもあって、インターナルブランディングの必要性がますます高まってきました。

 

2.インターナルブランディング論の背景

歴史的・理論的背景をみると、小売業、サービスマーケティング分野の研究におけるインターナルマーケティングがその出発点です。従業員を内部顧客とみなすアメリカのBerryの論文の中で、インターナルマーケティングが提唱されたことに端を発し、それが展開して1980年代にブランドエクイティの概念が登場し、ここからインターナルブランディングが登場しました。2000年から10年の間に盛んであった企業の合併や買収、事業再編による従業員の不安や期待の高まりを受けて、特に欧米を中心にインターナルブランディングは盛んに研究されてきました。

 

3.インターナルブランディングとは何か

インターナルブランディングの前提となる2つの考え方があります。

  • 「人」(社員)はブランド価値の源泉
  • 「人」(社員)は企業価値や商品サービスの価値を作り出す源泉

企業のブランディングは、マーケティング部門だけが取り組むのではなく、役員、社員、企業全体で考え、参加し、ともに創りあげていくことが重要です。これらインターナルステークホルダーへのブランド理念の浸透が非常に重要です。またインターナルブランディングの対象は、正社員だけではなく、有期雇用労働者、パートタイマー、アバイト、派遣労働者、また協力会社等であるインターナルステークホルダーも全て含まれます。これらすべての構成員が、企業の理念やビジョン、ミッション、バリューなどを共有することを指します

商品やサービスの価値や品質を支えているのは社員一人ひとりの日々の活動であり、社員がそれぞれ会社の目指す方向と同じベクトルで、企業そのものの価値を高め、成長していくためにインターナルブランディングは重要な役割を果たすのです。

以上から、私はインターナルブランディングを定義していますが、端的に言えば、社員に対して、単に経営理念やビジョン・バリューを浸透させていくだけでなく、社会的に意義のある経営戦略である、定義しています。

 

4.インターナルブランディングの推進

インターナルブランディングの推進により期待される効果には、良い人材の流出防止(リテイン)、より良い人材の獲得、顧客満足度の向上、業務・生産性の向上、社員モチベーションの向上、有事の際の自発的な行動などがあります。つまり社員一人ひとりが自社ビジネスを自分事として捉え、商品・サービスを提供していけるように促す。これがインターナルブランディングに期待される重要な効果です。

またインターナルブランディングのゴールは、企業のブランド戦略と一体化して、ブランド体現していってもらうことです。企業のブランド力を左右する社員が、企業へのロイヤルティを持ち行動する。そうしたブランド体現できる自立型社員が作ることが、インターナルブランディングのゴールとなります。

インターナルブランディングを進めるためには、全社的に支援する企業文化は、絶対的に必要な要素です。この企業文化の下で、複数のステークホルダーと共に一貫したブランド価値として作り上げていくことが重要であり、企業の経営戦略としても位置づけることができます。

 

5.ブランド体現

インターナルブランディングの重要性をケラーは Strategic Brand Management. (Keller 2013) で紹介し、“Living Brand”(ブランド体現) に至るまでの3ステージをデイビス&ダン(Davis & Dunn)を引用して、示しています。

 1.Hear it(知っている) 2.Believe it (信じている) 3.Live it (体現する)

インターナルブランディングの理想的なモデルは、上のスライドのように示すことができますが、ここにはブランド主導型の支援的・協力的な企業文化が欠かせません。やはり自社のブランド力を強化していくためには、ブランド中心とした制度を構築する必要があります。

ブランド主導型の支援的・協力的な企業文化のもとで、HRM(人的資源管理)を行っていくことで、社員は「自らの役割」を自覚して、「事業に貢献」し、「ブランドプロミスの実現と誇り」を感じます。これが最終的にブランド体現“Living Brand”に繋がります。そのためには継続的な取り組みが必要であり、企業は、一貫性をもった姿勢をみせる必要があります。

 

雇用形態や役職に関わらず、社員全員が実際の商品やサービス内容の中でその価値を実現、体現することで、次のようなブランド力が形成されます。これらの実現のため人事施策は重要な役割を持つのです。

  • 自社ブランドへのロイヤルティの向上
  • 自社のブランド価値に対する知識の向上
  • 自社のブランドを伝えるためのコミュニケーション能力の向上

仕事が楽しい・達成感があるとモチベーションが上がります。それがパフォーマンスの向上につながり、最終的にはブランド体現につながります。これを支える人事施策が必要なのです。

 

6.インターナルブランディング 事例

実際のインターナルブランディングの事例として3つをご紹介します。

事例1:Global Mobility Service株式会社

・5ツールをすべて使ったインターナルブランディングの見本となるような会社
・コロナ禍のフィリピンにおける社員の行動(1万人のドライバーへ連絡をとり、今最も必要とされている食事を届ける)は、まさにLiving Brand(ブランド体現)された結果
・GMSの理念に立ち返ってなされた社員の行動は、社会貢献につながる“Living Brand”を超えた  “Super Living Brand”  に達している事例

 

事例2:株式会社ミルボン

・インターナルブランディングの代表的手法であるクレド “Milbon Way”や創業者のヒストリー本を導入
・企業のすべてのスタートは人にあるとして、人事施策を経営の根幹に位置付ける非常に良い事例
・ブランド展開は横断的になされ、お互いの業務がわかるように可視化
・ミーティングルームは、自社製品について知識を深めるような仕掛け

 

事例3:株式会社日本旅行

・社長が各店舗を訪問する「ダイレクトトーク」を通じて、トップのブランド体現を社員は肌で感じる
・HRM(人的資源管理)では、期待する人材像を明確に示した営業リーダーを育成するLDP研修を実施
・LDP研修は、営業部門以外の参加、1期生から5期生までの自主的な勉強会など、横・縦両者のつながりやコミュニティが形成

 

7.インターナルブランディングの成功のために

インターナルブランディングの成功のためには、ブランド主導型組織体制を形成しなければなりません。

事例からわかること整理するとスライドの通りになりますが、何より、各事例ではトップリーダーがまさにブランド体現をしていました。人事制度策定のポイントとしては、会社の「期待する人材像」を明確に、分かりやすい言葉で伝えること、またブランドを中心にした理念に基づいた人事制度を策定することでブランド理念が浸透しやすい環境がつくられます。

 

8.インターナルブランディングの枢軸

インターナルブランディングは企業・製品・サービスのブランディングと表裏一体であり、社員に浸透させ、最終顧客へシンボルとしてのブランドを伝える必要があります。エクスターナルブランディングとの一貫性を保ち、5ツールを活用していただき、支援的・協力的な企業文化、全社で取り組む、継続性、中長期の経営戦略を立ててほしいと思います。

SDGsの観点からも社会的意義のあるブランド戦略が必要であり、阿久津講師のお話から、健康経営とインターナルブランディングが密接に関係していることも分かりました。様々な就労形態への対応、コロナ禍の経験からエッセンシャルワーカーへのブランド浸透も重要です。

インターナル・エクスターナルブランディングの統合のためには、インターナルブランディングによって、“Living Brand”(ブランド体現)する社員たちを通して、自社の商品やサービスが顧客や消費者へ、あらゆるステークホルダーへ伝えられていくことです。その始まりは、ブランド主導型の人事組織である。と考えます。

伊藤 佳代 氏
社会保険労務士法人ソーケム代表社員 特定社会保険労務士
Profile:東京都生まれ。1994年立命館大学国際関係部卒業。在学中ブリティッシュ・コロンビア大学留学。2002年社会保険労務士登録。2012年関西大学大学院商学研究科博士前期課程単位取得。修士(商学)。大手印刷会社、会計事務所等を経て2003年社会保険労務士法人ソーケム、2017年同法人の代表社員就任。
日本流通学会会員。日本マーケティング学会会員。長崎県立大学経営学部非常勤講師(2021年)、関西大学政策創造学部非常勤講師(2021年)、同商学部ゲストスピーカー(2020~2021年)。近著『インターナルブランディング:ブランド・コミュニティの構築』(中央経済社)。その他、中小企業から中堅企業まで業種を問わず、人事制度の構築、就業規則、労務相談、セミナー講師等の実績を持つ。

 

◇パネルディスカッション・質疑応答


陶山理事長(右下)、中島氏(左下)、伊藤氏(右上)

陶山計介当研究所理事長(関西大学名誉教授)をファシリテーターとして、講師である中島氏、伊藤氏とともにパネルディスカッションを実施しました。

新たなビジネスモデル、就業形態への移行という変革の時代の到来とインターナルブランディングの登場との関連、新しい時代の風を感じ取り、的確に対応していくために必要なリーダーの能力など、様々な議論が展開されました。

 

◇閉会の挨拶

最後に、関西大学経済・政治研究所主幹・上野恭裕 教授より、講演を受けての感想として、健康経営とインターナルブランディングが示す経営の本質的な部分、①変化に敏感に反応し、変わるべきことと変えないところを明確に意識すること、②また従業員をはじめ、社会全体で最も大事な理念を共有しながら、企業のシステムを環境に合わせて変えること、などについてお話しいただき、講師、参加者の皆様への謝意が述べられ、無事閉会となりました。

 

◇総括

今回の大阪第7回フォーラムは「健康経営とインターナルブランディング:『ヒト』力によるビジネス課題と社会課題の実現」をテーマに、お三方それぞれの分野でのこれまでの素晴らしい活動や研究についてお話しいただきました。講師の方をはじめ多くの皆様のご協力により本フォーラムを盛況のうちに終えることができました。ご講演いただきました三名の講師の皆さんには厚くお礼申し上げます。

 

2021/10/25

2022/05/09

定例研究会開催レポート

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