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定例研究会開催レポート
【開催レポート】2025年10月度 東京第26回フォーラム
「企業再生・ターンアラウンドとブランド戦略経営」
一般社団法人ブランド戦略経営研究所では関西大学東京センターとの共催および関西大学東京経済人倶楽部の後援を得て「東京第26回フォーラム」「第12回丸の内ゼミナール」を2025年10月10日(金)に開催しました。今回のフォーラム・公開セミナーのテーマは「企業再生・ターンアラウンドとブランド戦略経営」です。
企業の再生、「ターンアラウンド」のためには事業の再構築、ガバナンスの強化や外部からのヒトや資金の支援など手段はさまざまですが、そのことはブランドとも密接に関連します。
そこでは提供する製品やサービスだけでなくコーポレートブランドそのものの再構築ないしリブランディングが重要な要素の一つになります。
今回のフォーラムでは、企業再生・ターンアラウンドとブランド戦略経営について二名の講師をお招きして考察しました。
冒頭、関西大学東京センター事務長の西川武志氏から開会の言葉をいただき、その後学校法人関西大学の芝井敬司理事長より今回のフォーラム・公開セミナー開催にあたってのご挨拶をいただきました。
以降、高木克典 当研究所事務局長(マックス・コム株式会社代表取締役)の司会のもと、陶山理事長から本フォーラムの解題提起を受けて、二名の講師よりご講演をいただき、最後に陶山理事長のコーディネーターによるパネルディスカッションを行いました。
主催者開会の挨拶・オープニングスピーチ
一般社団法人 ブランド戦略経営研究所 陶山 計介 理事長
主催者オープニングスピーチ・解題として、陶山理事長より東京第26回フォーラム開催のご挨拶、及び当研究所の趣旨・事業概要、テーマ&トピックスについて説明がなされました。

陶山理事長:冒頭、関西大学の芝居理事長からお話がありましたように、本日は日産とダイエー、二社の経営再建の道のり、またこのような状況に陥ってしまった要因についてご講演をいただきます。私からは本日のテーマ解題として少しお話をいたします。
私たち一般社団法人ブランド戦略経営研究所(BSMI)は、トップマネジメント、マーケティング広告、広告、広報、知財などのビジネスに役立つオールジャパンの全く新しいシンクタンクとして2012年に設立しました。
この前身となるブランド戦略研究会は2002年から大阪で発足し、東京と大阪の両拠点で活動を展開してきました。
10周年を機に一般社団法人ブランド戦略経営研究所に改名し、調査研究やフォーラム、東京/大阪での部会研究会、あるいは専門部会研究会といった活動を進めております。

『宣伝会議』2025年11月号に、「競争優位から存在意義へ:ブランドの再定義」と題して、Society 5.0時代においてブランドを再定義する必要があるという内容の小論を発表しました。
このなかで製品差別化、競争優位の手段として誕生したブランドが、アーカーやケラーをはじめ様々なブランド論を経て、現在、企業の社会的な存在意義、サステナビリティ、パーパス等を明確に示す役割をもつものに変化してきていると提唱しています。
このほか当研究所の調査研究の成果として、2024年3月には会員社であるイートアンドホールディングスの文野直樹会長、伊藤佳代理事と一緒に『大阪王将の「超える」経営』(幻冬舎MC)を刊行しました。
本日のテーマ
「企業再生・ターンアラウンドとブランド戦略経営」
陶山理事長:本日のテーマは「企業再生・ターンアラウンドとブランド戦略経営」です。AI&IoT、DXに対応しながら、社会とビジネスのイノベーション、新たな顧客体験と組織デザインの革新が求められている今日、ブランドが「失墜」した企業の再生、「ターンアラウンド」のためには何が必要となるでしょうか。
まずは不正・不祥事の再発防止に向けた人事の刷新、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの徹底によるステークホルダーとの信頼回復に取り組まなければなりません。しかし、それだけでなく次のステップとして中長期的な事業の再構築が求められます。
ヒト、モノ、カネ、情報などの経営資源を総動員して再生をアピールできる製品やサービスのリニューアルとともに事業の再構築を通じたコーポレートブランドそのものの刷新ないしリブランディングが課題となります。
必要であれば外部からヒトや資金などの支援も必要ですが、外部の力を借りたとしても、やはり最も大事なことは企業内の経営者、管理職、従業員が自社の企業文化、理念、ビジョン、ミッション、バリュー、パーパス、ブランド・アイデンティティをサステナブル社会に対応して抜本的に見直しながら、“新たな”ブランドの構築、時代に相応しい企業文化や理念に基づいて全社一丸となってそれを体現すること(=“LIVING BRAND”)が不可欠です。
本日の講師とトピックの紹介
陶山理事長:このような議論を深めるために、本日は二名の講師にお越しいただきました。
お一人目は、志賀俊之講師(元産業革新機構(現NCJ)代表取締役会長、元日産自動車最高執行責任者(COO)、同代表取締役副会長)、お二人目は、高橋義昭講師(シンクファクトリー高橋研究所代表、元ダイエー代表取締役社長代行)からお話を伺います。また本日議論するトピックとして、以下の4つを挙げます。
- 巨大企業ないし企業グループが経営危機に陥ったのはなぜか、経営層や組織管理体制、従業員の行動などの「内部要因」と、環境変化や新しい消費行動の台頭といった「外部要因」に分けて解明。
- 「企業再生・ターンアラウンド」を進める上でダイエー創業者の中内㓛、危機に陥った日産自動車の救世主として登場したアライアンス先であるルノーのカルロス・ゴーンという強力なリーダーの存在が果たした役割と功罪。
- 「企業再生・ターンアラウンド」とブランドパワーの十大要因にもとづくブランド構築、市場や顧客ニーズの変化など環境に合わせてブランドを再構築して競争力を高めるリブランディング、「マーケティング戦略と知財戦略を基軸にしながら、人材開発戦略、営業戦略、生産戦略、研究開発戦略、財務戦略など機能戦略の連携によるブランド戦略経営の推進」との関連。
- ブランドが毀損したり、危機に陥らないようにするために今日のサステナビリティ社会で求められる「ブランド・イノベーション」、「ブランド戦略経営」とは何か

陶山理事長:「強いブランド」を構築するための10大要因には、①消費者力、②技術力、③商品力、④マーケティング力、⑤メディア力、⑥BUZZ力、⑦流通・店舗力、⑧ロジスティクス力、⑨地域力、そして⑩企業力(経営者のリーダーシップやイメージ価値)があります。
これら10大要因が、一つのブランド・アイデンティティのもとに全体が適切に組み合わせられることによって、初めて強いブランドが構築され、企業のブランディングも成功するのです。
ダイエーの場合、例えば消費者力(消費者主権)、技術力(商品・店舗開発)、セービングというプライベートブランドを含めた他社に先駆けた商品力など、優れたものがありました。
それぞれは強いブランド力を持っているにもかかわらず、それらがなぜ一つのブランド・アイデンティティを中核にしながら適切に組み合わされシナジー効果を発揮してこなかったのか、この点を私たちは解明しなければなりません。
カルロス・ゴーン、本日の志賀講師の下で進められてきた「日産リバイバルプラン」(NRP)は、「利益ある成長」を実現するために、日産のブランド力を強化しようというものでした。
日本車は、品質やサービス満足度の評判は高い一方で、ジャガーやBMW、ベンツといったブランドにどのようにして追いつき、追い越していくのか、ということが大事なポイントでした。

陶山理事長:日産の場合は、「SHIFT_」をキーワードとして、これまで誰もが当たり前だと考えていたものの見方や常識、方法を変革・シフトしていくことを掲げたクルマづくりを進めようとしました。
特に「ブランドエクスペリエンス」を大事にするため、デザインを経営戦略に組み込んできましたが、一方で「バリューアップコミットメント」として、グローバルの販売台数、営業利益率、投下資本利益率といった財務的な指標も重視していました。
こうした「ブランドエクスペリエンス」と「バリューアップコミットメント」両者の調整・バランスをうまく取ることなく、後者である財務的な指標の達成を優先する中で「日産リバイバルプラン(NRP)」は、次第に変質していったように思いますが、この経緯や背景については志賀講師より詳しくお話いただきたいと思います。
Profile:一般社団法人ブランド戦略経営研究所理事長。関西大学名誉教授。京都大学博士(経済学)。『ブランド・エクイティ戦略』(共訳著、ダイヤモンド社)、『日本型ブランド優位戦略』(共著、ダイヤモンド社)、『よくわかる現代マーケティング』(共編著、ミネルヴァ書房)『インターナルブランディング:ブランド・コミュニティの構築』(共著、中央経済社)、『地域創生マーケティング』(共編著)などブランド・マーケティング研究の第一人者。日本商業学会元会長。
第1講「企業再生とブランド構築」
講師:志賀 俊之氏
元産業革新機構(現INCJ)代表取締役会長、元日産自動車最高執行責任者(COO)、同代表取締役副会長

はじめに:企業再生とブランド構築の連関

志賀講師:私は1976年に日産自動車に入社し、43年間日産に従事してまいりました。そのうち、カルロス・ゴーン氏のもとで、およそ14年間にわたって日産の再生と変革に関わった経験があります。
日産は、ゴーン改革によって一度は財務的な再生と成長を遂げましたが、今、再び経営危機に陥っている状況です。
私は、この現状を自身の反省も含めて深く考えました。もし、ゴーン改革の中で、より強固なブランドが構築できていれば、今回の危機は回避できたのかもしれないと痛感しています。
今回の講演では、当時を振り返ることを通じて、企業再生とブランド構築の真の関係性について考察したいと思います。
NRP(日産リバイバルプラン)以前の日産
90年代の日産の危機的状況

志賀講師:1990年代の日産は、極めて深刻な危機にありました。当時のメディアの報道を見ると、「クルマづくり見失った日産」「デフレ倒産予備軍の自動車」といった厳しい言葉が並び、まさに経営の危機に瀕していたことがわかります。
財務状況を見ると、当時の日産のネット・オートモーティブ・デット(有利子負債)は、バブル経済期のピーク時に約2.8兆円にまで積み上がっていました。
営業利益率は1986年に創業以来初の赤字に転落し、その後バブル期の回復を経て、91年のバブル崩壊以降は再び低迷を続けました。
危機感とビジョンの欠如
志賀講師:当時の日産は、「大企業病」に陥り、危機感と全社共通の長期ビジョンが欠如していました。
経営者が手を打たなかったわけではありませんが、構造改革は常に「後追い」となっていました。
例えば、92年には豪州での現地生産を撤退し、95年には座間工場での車両生産を中止、98年には本社ビル(新橋MTSビルの上階部分)を売却をしましたが、根本的な問題は解決しませんでした。
結果として、マーケットシェアは恒常的に低下し続けていました。国内シェアは1970年代中頃をピークに下がり続け、99年には13.2%にまで落ち込んでいます。
この状況下で、日産は1999年3月27日にルノーとのアライアンスを締結し、カルロス・ゴーン氏が日産にやってきます。
日産リバイバルプラン(NRP)の策定と実行
ゴーン氏の徹底した現場ヒアリング
志賀講師:ゴーン氏は1999年4月に日産に来てから、6月の株主総会までの約3ヶ月間、世界中を回って徹底的な現場ヒアリングを実施しました。
地域(日本、欧州、北米、アジア、中近東)や機能(生産、開発、購買、販売・マーケティング等)を問わず、役員から課長クラスまで数百人に上る社員と対話しました。
彼は、日産の不振の要因として以下の5点を指摘しました。

志賀講師:一方で、日産には回復の機会(オポチュニティ)もあると強調しました。世界192カ国でのグローバルな勢力範囲、英国サンダーランドや米国スマーナ工場などの世界随一の製造システム、エンジンやCVTといった最先端技術、ルノーとの提携による相乗効果、そして有能で技術を持つ社員の存在です。
ゴーン氏は、「日産の問題を解決する答えは日産の中にある」という哲学を掲げ、再生計画の策定を現場に委ねました。
機能横断型チーム(CFT)によるプラン策定
志賀講師:ゴーン氏は1999年7月の頭に、部門を越えた多数の人が協力する「機能横断型のチーム(CFT:クロスファンクショナルチーム)」を結成させました。
CFTは、トップダウンとボトムアップの方式を組み合わせ、「聖域無し」「タブー無し」「強制無し」の原則のもと、約3ヶ月間で再生計画(NRP)を立案しました。

最終的に1999年10月に発表されたNRPは、全部で10個のCFTタスクに分かれており、その中でも、CFT 1-1のタスクは「ブランド構築」でした。
これは、日産の再生において、ブランド戦略が財務改善と並行して非常に重要視されていたことを示しています。
ゴーン氏は、「NRPの策定は、全てのタスクの5%に過ぎない。あとの95%はやり遂げること」と述べました。また、経営における迅速さとは「決定の迅速さ」ではなく、「行動の迅速さ」であり、問題を発見してから実質的に解決されるまでの速さが大切であるとも語っています。
結果として、日産の連結営業利益率は、2000年の4.8%から、2002年には10.8%、2003年には11.1%と、見事なV字回復を遂げました。
再生後の変革と拡大戦略
無理な拡大戦略とブランドの毀損
志賀講師:しかし、2000年代後半からゴーン経営の後半にかけて、企業は「カルロス・ゴーンの野望」とも呼べる、過度な拡大戦略にまい進します。
この野望は、アライアンス全体で2022年までに1400万台の販売を目指し、世界一の自動車メーカーになるというものでした。
実際、2018年上半期にはルノー・日産・三菱グループでフォルクスワーゲンやトヨタを抜き、一時的に世界トップの販売台数を達成しました。
しかし、この野望の達成のため無理な販売目標に挑戦した結果、日産のブランドは毀損されました。具体的な現象として、以下の点が挙げられます。
- インセンティブの高額化
- 自社登録の横行
- フリート販売(レンタカーなど)の増加
- ディーラーとの関係悪化
- 中古車価格の下落
- 販売費増加による収益悪化
結果、営業利益率は低下し、販売台数もゴーン氏逮捕後(2018年11月)に再び急落し、今や300万台近くまで落ち込んでいる状態です。
拡大路線が引き起こした誤り
志賀講師:この再生と拡大の過程で、日産はどこで誤ったのか、私なりに反省を含めて分析しました。
- 価値創造よりコストカットの重視:利益追求の手段が、価値創造ではなくコストカットに偏りすぎた。
- ストレッチ目標の常態化:目標を常にストレッチさせ、従業員が実力以上の拡大戦略を爪先立って達成しようとした。
- 台数・シェア至上主義:ブランド力で勝負するのではなく、インセンティブを多用した販売手法によって、マーケットシェアを無理に追い求めました。
- ゆとりや余裕のない経費・開発費:現場にゆとりや余裕がなくなり、長期的な成長に必要な投資が抑制されることにつながりました。
企業文化がブランドを左右する
企業文化とブランドの根幹
志賀講師:私は、商品やサービスへの顧客満足度はブランドを創る重要な要素ですが、それだけでは強いブランドを創れないと考えています。
その土台として、「企業への好感度」が大きな影響を与え、そして、この企業への好感度を生み出しているものが、まさに「企業文化」ではないかと考えるに至りました。

ピーター・ドラッカーの言葉に、「企業文化は戦略に勝る」というものがあります。企業文化は、社員の行動や価値観を形成し、組織の競争力の基盤となり、外部への信頼や評価を大きく左右するブランドイメージの根幹です。
日産は、世界最速のウサイン・ボルト氏を起用した大規模なブランドキャンペーンや、「SHIFT the future」といったコーポレート・アイデンティティのキャンペーンに何十億もの投資をしましたが、こうした商品や広告だけでは、理想のブランドには到達できません。
企業文化そのものの変革が不可欠なのです。
求められる「両利きの経営」
志賀講師:トヨタと日産の比較から見えてくるのは、「両利きの経営」の必要性です。

トヨタは、地道に愚直に徹底的な現場改善という「知の深化」をボトムアップで進めながら、同時にWoven Cityの構想や燃料電池車といった「変革(知の探索)」をトップダウンで実行しています。地道な改善の積み重ねが、ブレークスルーを生むという好循環を生み出しているのです。

一方、日産はトップダウンによる変革を重視しすぎた結果、オペレーションの質が低下し、手戻りが多くなりました。ブレークスルーを目指すあまり、地道な改善(知の深化)がおろそかになりがちだったと言えます。
私自身が考える「両利きの経営」とは、このボトムアップによる地道な改善と、トップダウンによる変革を、右手と左手のようにバランス良く融合させることです。
知の深化に偏るとイノベーションが枯渇し、「成功の罠(サクセス・トラップ)」に陥りますが、変革ばかりに頼ると足元のオペレーションが疎かになります。
終わりに
志賀講師:ゴーン改革は、財務的には日産を救いましたが、経営後半の拡大戦略において、財務資本の拡充に偏重し、非財務資本、特にブランドを支える企業文化の構築が追いつきませんでした。結果としてブランドの毀損を招き、再び経営危機に陥る一因となったと私は反省しています。
企業文化こそが、持続的なブランドパワーを生み出す根幹であり、企業文化を変えることができなければ、どんなに優れた戦略も持続的な成功には結びつかない。これが、私の43年間の経験から得た結論です。
今後、日産が再び「真に再生」するためには、この企業文化という根源的な課題に向き合い、財務と非財務のバランス、すなわち「両利きの経営」を実現していくことが不可欠だと強く感じています。
ご清聴ありがとうございました。
元産業革新機構(現INCJ)代表取締役会長、元日産自動車最高執行責任者(COO)、同代表取締役副会長
Profile: 和歌山市生まれ、大阪府立大学卒業後、1976年日産自動車に入社。主にアジア営業を担当し、1991年から約6年インドネシアに駐在。1999年ルノーとのアライアンス締結に関わり、企画室長及びアライアンス推進室長を兼務。現場とのパイプ役として、日産リバイバルプランの立案・実行に参画し、2000年46歳で常務執行役員に抜擢された。 新興市場、特に中国進出で成果を上げ、2005年4月から2013年11月代表取締役副会長に就任するまで、最高執行責任者(COO)を務めた。2015年6月官民ファンド株式会社産業革新機構(現INCJ)代表取締役会長に就任し、2025年6月、INCJの業務がほぼ完了したことに伴い退任した。INCJでは、産業再編や海外投資に積極的に取り組む一方、新しい技術やビジネスモデルを提案するスタートアップ企業を幅広く支援し、オープンイノベーションを通じて、新しい産業の創出・育成を目指した。退任後は、主にINCJ出身者が起業したスタートアップ数社の社外取締役やアドバイザーを務め、若い経営者の育成・支援に励んでいる。
第2講「企業再生と企業ブランドの維持・創造 —ダイエーの事例を中心に—」
講師:高橋 義昭氏
シンクファクトリー高橋研究所代表、元ダイエー代表取締役社長代行
はじめに:ダイエー再建の経験と講演の目的


高橋講師:シンクファクトリー高橋研究所代表の高橋義昭でございます。本日は「企業再生と企業ブランドの維持・創造」というテーマで、私が長年在籍し、経営再建に身を置いたスーパーのダイエーの事例を中心に、その経験から得られた教訓をお話しさせていただきます。
私はダイエー退任後、この貴重な経験を後世に残したいという思いから、2020年に共著として『ダイエーの経営再建プロセス』を発刊いたしました。
本日の講演は、この著書に記した内容を中心として、企業の成長や衰退が「企業ブランド」の価値創造によって大きく左右されるという観点から解説してまいります。
ダイエーの隆盛と過剰拡大による凋落
創業者の思想と流通革命の旗手としてのブランド確立

高橋講師:ダイエーグループは、1990年代前半のピーク時には小売業を軸とし、サービス業、不動産業、金融業などを展開し、グループ会社数は212社(1998年度)、売上高は3.2兆円(1994年度)に達していました。時価総額も1989年には1.2兆円に達し、日本を代表する巨大企業でありました。
この急成長の背景には、創業者の中内㓛氏の強力なリーダーシップと、彼の掲げた流通革命の思想、そして企業理念「良い品をどんどん安く、より豊かな社会を」という「ソフトウェア」がありました。
1960年代から70年代にかけては高度経済成長期であり、ダイエーは「流通革命の旗手」として、ケネディ大統領のメッセージに感銘を受け、消費者主権の実現(価格決定権をメーカーから奪取)を強力に推進しました。
この思想が、モノへの欲求が高まっていた当時の消費者のニーズと完全に合致し、企業ブランドとして「流通革命の旗手」という明確なイメージを確立したのです。
多角化によるブランド弱体化と規模の不経済

高橋講師:ダイエーはその後、事業多角化を急伸させ、コングロマーチャント(複合商業体)戦略を提唱し、全方位で生活者のニーズに応えようとしました。
しかし、これが1980年代の「生活者の時代」、1990年代の「お客様(個客)の時代」という、消費が多様化する時代背景と合わなくなり、ターゲットの明確性に欠け、「ダイエーは何屋なのか」という訴求力が低下し、ブランド・アイデンティティが弱体化していきました。
また、1995年の阪神・淡路大震災からの早期復興を目指した「復興3カ年計画」では、約500億円の罹災損失を抱えながら、経費削減を急ぎすぎた結果、正社員5,000名の出向やパートの勤務時間短縮が行われました。
これは、売り場人員の不足と接客の縮小を招き、優良な顧客でもあったベテランパートの大量退職を招くという、営業力の弱体化という大きな代償を払うことになりました。
自主再建の挫折とブランド棄損への道
構造改革の機会逸失と外部圧力

高橋講師:1998年2月期の経常赤字転落後、ダイエーは自主再建のために構造改善委員会を設置し、短期的効果をもたらす経費削減や赤字店舗閉鎖を優先的に実行しました。
この自主再建の初期段階において、将来のグループ構造を検討する中で、ダイエー本体の成長がマイナスとなる代わりに、ローソン、OMC、リクルートといった成長企業がグループの屋台骨を支えるという「脱GMS構想」が浮上していました。
これは、成長ビジネスに軸足を移すという重要な事業構造改革の選択肢でありましたが、創業者が作り上げた祖業(総合スーパー)への思い入れや、過去のリストラ成功体験への過信などから、日の目を見ることなく見送られました。
自主再建の期間は、打ち手の選択肢が最も潤沢である段階であります。しかし、ダイエーは、この重要な分岐点で「企業という箱を救うのか、小売事業を再生させるのか」という真剣な議論を欠いたまま、祖業への執着から脱却できませんでした。
この頃、金融機関の不良債権問題による債務弁済要請(クレジット・クランチ)や、会計ルールの変更(実質連結基準・時価評価制度への移行)といった外部からの畳みかけるような圧力が加わり、再建の難易度が急激に上がりました。
フェニックスプランの挫折と経営者不在
高橋講師:外部圧力が高まり、有利子負債削減がメイン施策となる中、中堅社員たちは「過去のダイエーとの決別」を掲げ、食品、ドラッグ、実用品を中心とする売り場作りを目指す構造改革案「フェニックスプラン」を策定しました。
このプランは、現在の小売業界の動向とも同質であり、ダイエーが小売事業を再生させるためのラストチャンスとも言えるものでした。
しかし、この実行が決定された直後、経営トップによる上場関係会社のインサイダー取引疑惑が浮上し、会長、社長、副社長が一斉に辞任。経営者不在という最大の経営危機を迎え、フェニックスプランは頓挫し、自主再建の道は完全に閉ざされました。
その後、ダイエーの再建は主力銀行、産業再生機構、スポンサー企業と主体者が次々と入れ替わりました。

再建主体が変わるたびに、それぞれが持つ成功体験や思惑の違いから、総合スーパー化と小型食品スーパー化が交互に展開され、戦略が混乱するという事態が起こりました。
これは、短期的、定量的な成果を求めざるを得ない状況で、前の再建者の戦略の逆張りを狙う傾向があったためだと考えられます。
財務再建の達成と事業再建の未達成
高橋講師:結果として、ダイエーは16年という長い期間を費やし、約9,000億円の債務免除と、優良子会社や資産の売却により、有利子負債をピーク時の約1/50まで減らし、財務再建は達成されました。

しかし、この間、ローソンやOMCといった成長事業を売却した代償として、連結売上高はピークの1/4まで減少し、事業再建は誰の手によっても成し遂げることができませんでした。
企業価値を総合的に評価する株価は、ピーク時の1/170にまで下落し、これは事業再建未達成の証しと言えます。
企業ブランドの維持と「リ・ブランディング」の重要性
祖業への執着が招いた「リ・ブランディング機会」の逸失
高橋講師:企業ブランドを維持するためには、時代背景や顧客ニーズの変化に応じてリ・ブランディングを行うことが重要であります。
バブル崩壊前後に、イトーヨーカ堂(セブン&アイHDへ移行)やジャスコ(イオンへ移行)は、創業者が交代したか、あるいはその成長性が祖業の成長を上回る事業をグループの柱に据えることで、グループの軸足を創業の祖業から変化させ、リ・ブランディングに成功しました。

一方で、ダイエーやセゾングループは、バブル期の過剰な投資が仇となり、祖業(本体)の役割が、グループ内の優良子会社や資産を売却し、過剰債務を処理するための原資を捻出するという役割に限定されてしまいました。
この結果、リ・ブランディングの機会を逸失し、「経営再建中」というネガティブなブランドイメージが定着してしまいました。
終わりに
高橋講師:私のダイエー再建の実体験から得た示唆は、企業再生は自主再建段階で一気に果たすべきであり、その際に、企業(法人という箱)を再建するのか、事業そのものを再建するのかを明確にすることが必要不可欠であるということです。
企業という「箱」の所有形態は時代と共に変化しますが、ブランド価値は、箱ではなく事業そのものに創造されるものだと考えます。
また、企業再生においては、財務リストラが優先されがちですが、事業を再生させるという意味において、ブランディング(リ・ブランディング)を推進することこそが、経営者の最大のミッションであると強く認識しております。
経営トップは、変化する市場のニーズに対応して企業ブランドを維持・創造し、その明確なゴールを全従業員に示し、人心を掌握し、全社員のベクトルを合わせて再建に取り組む覚悟が必要なのです。
ご清聴ありがとうございました。
シンクファクトリー高橋研究所代表、元ダイエー代表取締役社長代行
Profile: 関西大学経済学部卒業後、株式会社ダイエーに入社し、32年間在任在職。その間一貫して企画・管理畑を歩み、後半は経営再建という苦しい環境下で経営層の一翼を担う。ダイエー退任後はその経験を活かし、経営コンサルタント業を開業。主に上場企業の社外役員を兼務しながら事業再生支援、人材育成事業支援などに取り組む。また2016年から6年間コンサルタントファームのフロンティア・マネジメント株式会社で管理担当取締役として同社のIPOを牽引。2022年に関西大学東京経済人倶楽部、2025年に同リテールマーケティング研究会に入会。
パネルディスカッション・質疑応答
(左から順に)陶山理事長、志賀講師、高橋講師
パネルディスカッションでは、「企業再生・ターンアラウンドとブランド戦略経営」をテーマに、日産自動車とダイエーという二つの巨大企業の再生事例を深く掘り下げ、サステナブル社会におけるブランド戦略経営のあり方を巡る活発な議論が展開されました。
日産自動車が財務的なV字回復を果たしながらも、「やっちゃえ日産」に代表される技術者志向の企業文化を変えられず、強引な販売戦略からブランドの毀損や経営危機の再発を招いてしまったこと、またダイエー凋落の要因については、創業者のカリスマ性による「従命構造」の蔓延、トップに反する進言を許さない企業風土、そして偏った投資配分による既存店の営業力低下などが議論されました。
会場からの質疑応答では、企業文化を変えるための経営者の姿勢、信念・情熱の社内浸透の重要性、アクティビストとの対立ではなく「対話」の必要性などが議論されました。
閉会の挨拶
最後に、本フォーラムの後援団体である関西大学東京経済人倶楽部を代表して、関西大学東京経済人倶楽部会長/JLLモールマネジメント株式会社取締役会長の大津 武氏より閉会の挨拶をいただきました。
お二人の講演やパネルディスカッションでの議論を受けて、非財務的活動の重要性、限りある経営資源を考慮した上での拡大戦略の必要性などのご感想をいただきました。
総括
今回の東京第26回フォーラムは「企業再生・ターンアラウンドとブランド戦略経営」をテーマに、二名の講師からお話しいただきました。
講師をはじめ多くの皆様のご協力により本フォーラムを盛況のうちに終えることができました。ご講演いただきました講師のお二人には厚くお礼申し上げます。
| 2025/12/18 |


