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定例研究会開催レポート
【開催レポート】2025年4月度 東京第25回フォーラム
2025年4月度 東京第25回フォーラム 開催レポート
新規事業の開発、市場創像とブランド戦略経営
一般社団法人ブランド戦略経営研究所では、関西大学東京経済人倶楽部および関西大学東京センターとの三者共催で「東京第25回フォーラム」「第11回丸の内ゼミナール」を2025年4月18日(金)に開催しました。今回のテーマは「新規事業の開発、市場創造とブランド戦略経営」です。
現在、AI&IoT、DXに対応しながら、新しいライフスタイルや価値観、行動規範の革新をもたらすための、社会とビジネスのイノベーション、新たな顧客体験と組織デザインの刷新が急務となっています。新規事業の開発、市場創造においてはアントレプレナーシップを持ちながらシュンペーターの「新結合」、ドラッカーの「予期せぬ変化」を自らのものにすることが必要です。
経営、マーケティング、知財を結びつけるネクサスであるブランドを存続・成長させる「ブランド戦略経営」が、新規事業の開発、市場創造とどのように交錯するのか、企業内の新規事業創造やベンチャー=スタートアップの起業とその後の成長を可能にする条件、創業者や経営者に求められるアントレプレナーシップや企業家資質、ビジネスアイデアの背景などについて議論するため、この分野の最先端で精力的に活躍しておられる二名の講師をお招きしました。
冒頭、関西大学東京センター事務長の西川武志氏から開会の挨拶をいただき、陶山理事長から本フォーラムの解題提起を受けて、二名の講師よりご講演をいただきました。その後、陶山理事長のコーディネーターによるパネルディスカッションを行いました。
主催者開会の挨拶・オープニングスピーチ
一般社団法人 ブランド戦略経営研究所 陶山 計介 理事長
主催者オープニングスピーチとして、陶山理事長より東京第25回フォーラム開催のご挨拶、及び当研究所の趣旨・事業概要、テーマ&トピックスについて説明がなされました。
陶山理事長:本日は会場参加80名、オンライン参加20名、約100名のご参加をいただきフォーラム・ゼミナールの開催に至りました。皆さまのご参加に改めて御礼を申し上げます。
はじめにブランド戦略経営研究所の概要についてご紹介いたします。ブランド戦略経営研究所は、2002年に「ブランド戦略研究会(BSI)」として大阪で発足しました。その後、2012年に一般社団法人に改組し、トップマネジメント、マーケティング、広告・広報などのビジネスに役立つ、オールジャパンの全く新しいシンクタンクとして、東京と大阪の両拠点で調査研究やフォーラム、研究会等の活動を行って参りました。
現在は「一般社団法人ブランド戦略経営研究所(BSMI)」と名称を変更し、ブランド戦略経営の推進を目的に掲げ、マーケティング戦略と知財戦略を基軸としながら、人材開発戦略、営業戦略、生産戦略、研究開発戦略、財務戦略など様々な企業の機能別戦略の連携に向けた調査研究・教育研修・普及活動に取り組んでいます。

陶山理事長:直近の調査研究の成果として、2024年の3月に、当研究所会員でもある文野 直樹氏(株式会社イートアンドホールディングス・代表取締役会長)と陶山、そして当研究所理事の伊藤 佳代氏(社会保険労務士法人ソーケム代表社員)により『大阪王将の「超える」経営』(幻冬舎MC)を発刊しました。
さて本日のテーマは「新規事業の開発、市場創像とブランド戦略経営」です。近年、AI&IoT、DXへの対応、新しいライフスタイルや価値観、行動規範に革新をもたらすICTツールの活用、組織イノベーション、企業理念・ビジョン・ミッション・バリューの再構築、そして従業員の意識改革や働き方改革が急務となっています。
ビジネスと社会のイノベーション、新たな顧客体験と組織デザインの革新をいかに進めるか、特に「ブランド戦略経営」が「新規事業の開発や市場創造」がどのように交錯していくのかを、講師の皆さんと議論したいと思います。

陶山理事長:本日のフォーラムのトピックスは次の5点です。
本日のトピックス
- 企業内の新規事業創造や社内を含むベンチャー=スタートアップの起業とその後の成長を可能にする要件(主体的条件であるヒト、モノ、カネ、技術、ビジネスモデル、情報、さらに客体的条件である市場・競争環境要因など)
- 新規事業開発における起業家や経営者に求められるアントレプレナーシップや企業家的資質の体得、独創的な技術やビジネスアイデアの着想の方法
- 新規事業開発や新市場の創造における停滞や失敗の要因
- 新たな生活シーン提案・文化創造機能(「コト型」・「トキ型」・「ヒト型」)を中核とする「ブランド価値」共創の課題
- 現代のサステナビリティ社会で求められる「ブランド・イノベーション」、「ブランド戦略経営」とは何か
新規事業開発を議論するに当たり、以下に示すビジネス(事業)の5つの次元についてみていきます。これらをシュンペーターの「イノベーション」や、ドラッカーの「事業とイノベーション」に照らし合わせ、その会社や組織が存続・存在している意義について考察していく必要があります。
- 顧客層(WHO):製品サービスによって満足を享受するのは誰か
- 顧客機能(WHAT):製品サービスによって何が満たされるのか
- 技術(HOW):顧客ニーズや顧客体験がどのように形成されていくのか
- 主体(BY):その製品・サービスを提供するのは誰か
- 目的(WHY):なぜその製品・サービスを提供するのか=パーパス
上記と関連して、日本マーケティング協会では34年ぶりに「マーケティングの定義」を刷新しています。
新しく示されたマーケティングの定義では「顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセス」と示されています。

陶山理事長:「関係性の時代」から「体験の時代」へと移行しつつある現代、顧客が求めかつ共感する“体験”や“価値”が、ビジネスやマーケティングにおける原動力=始点であり、終点ともなるということは、セオドア・レビットが1960年にすでに提唱しております。
セオドア・レビット以降論じられてきた顧客体験価値、あるいはバーンド・H・シュミットが提唱する「5つの経験価値モジュール」(Schmitt, B.H. , 1999)を、企業が新規事業開発を通じていかに提供していくのか、ということが重要です。
特に、モノだけでなく「モノ」+「コト」+「トキ」+「ヒト」を通じて、顧客体験や価値を提供するということが、「生活シーン価値」の創造という観点からも重要な点ではないかと思います。
結びに

陶山理事長:ブランド戦略経営は「知財」と「マーケティング」を中核としながら、人材開発戦略、営業戦略、生産戦略、研究開発戦略、財務戦略などを含めたトータルな機能戦略からブランドの価値共創を進めていくことです。このような「ブランド戦略経営」の観点から、「新規事業の開発や市場創造」について講師の方々とこれから議論を深めて参ります。
Profile:一般社団法人ブランド戦略経営研究所理事長。関西大学名誉教授。京都大学博士(経済学)。『ブランド・エクイティ戦略』(共訳著、ダイヤモンド社)、『日本型ブランド優位戦略』(共著、ダイヤモンド社)、『よくわかる現代マーケティング』(共編著、ミネルヴァ書房)『インターナルブランディング:ブランド・コミュニティの構築』(共著、中央経済社)、『地域創生マーケティング』(共編著)などブランド・マーケティング研究の第一人者。日本商業学会元会長。
第1講「ゼロから事業を創造し、ブランドとして認知されるまで〜「出前館」と「エムスリー」の事例から 〜」
エムスリー株式会社 取締役 エムスリーソリューションズ株式会社 代表取締役
中村 利江 講師
中村講師からは、二代目社長として携わった出前館、および現在取締役を務めるエムスリー(M3)の二つの事業、ビジネスモデルについてご紹介いただきながら、その市場拡大やDX、ブランド戦略等に関するお話をいただきました。
自己紹介
中村講師:私は関西大学の出身で、今度2025年4月に新設された関西大学ビジネスデータサイエンス学部の客員教授を務めることになりました。このような立場となりますが、実は学生時代はほとんど大学に通っていませんでした。
1回生の時から始めたサークルもアルバイトも退屈になり、「何か人がびっくりすることをしたい」と思っていました。そこで、友人と資金を100万円だけ集めて始めたのが「モーニングコール事業」です。
当時、授業に遅刻してくる男子学生が多く、「なんでそんな遅刻するん?」と聞いてみると「可愛い女の子の声で起こしてくれたら遅刻しないよ」と言われたことがきっかけでした。
そこで、周りにいる女子大生を組織して1回3000円でモーニングコールするサービスを始めました。最初はあまり儲からなかったのですが、前日の野球ニュースを一緒にお知らせするなど、様々なオプションを追加して収益を上げる工夫をしてきました。以上が私の関大時代の自己紹介です。
出前館のビジネスモデル=飲食業界のDX
中村講師:出前館について、私は創業者ではなく2代目社長に当たり、2000年に社長を引き受けました。当時、出前館は年間売り上げ2,600万円の赤字企業で、そこから2年での黒字化を目指しましたが、実際は4年かかりました。
赤字の期間は、社内にも家庭にも文句や弱音を吐くことができず、非常に辛い思いをしましたが、そこから何とか黒字化を成功させて2006年に上場すると、じわじわと売り上げが上がっていきました。
事業において1番大事なものはやはりビジネスモデルです。その事業・仕事が世の中に必要とされているか、ということが重要なのです。宅配事業はこれから伸びていく確信がありました。
当時、海外では既に「デリバリー・テイクアウト・イートイン」の3本柱で飲食事業を組み立てるのが一般的でしたが、日本の飲食はデリバリーやテイクアウトを積極的に行わず、宅配にそれほど力を入れていませんでした。これは日本特有の「出来立て」「温かいもの」を食べるという、食へのこだわりによるものだと思います。

中村講師:一方、宅配のビジネスモデルは、ポスティングし続けなければ売上が上がらないため、販促コストをかけ続けなければなりませんが、近年では新聞購読率の低下により折込みチラシができないことや、ポスティングができないオートロックマンションへの対応といった問題があります。
出前館のビジネスモデルは、従来のポスティングコストを半分にして、チラシでは取れなかった新規のお客様を取り込むというものです。このビジネスモデルは一見すると「B to C」ですが、実は「B to B to C」でもあります。
注文するお客様にとっても「邪魔なチラシが無くなって、お客様が好きな物を選びやすくなる」というメリットがあります。ビジネスは全員にメリットがなければ成り立ちません。出前館は素晴らしいビジネスモデルで、言わば「飲食業界のDX」とも言えます。
出前館のブランド戦略
中村講師:出前館のビジネスは自信を持って日本中に勧められると思っていましたが、当時の出前館は弱小ベンチャーで、知名度もブランドも何もない状況でした。
当時の社名は「夢の街 創造委員会」というもので、私はこの社名に泣かされました。 「社名が怪しい」「社長が女の人だからいつ逃げるか分からない」といった理不尽な理由で、銀行からの融資を断られ続け、非常に悔しい思いをしてきました。
知名度や信用力を得るために誰もが知っているブランド店の加盟が必要でしたが、数多くの店舗数を誇る宅配ピザブランドの加盟承諾を得ることがなかなかできませんでした。
そこで、すでに「ブランドと集客力」がある企業と組むことを考え、当時ポータルサイトに力を入れていたMSN(現:Microsoft社が運営していたポータルサイト)と提携して「MSN出前」サービスを開始しました。
このMicrosoft社との提携により、周囲の印象がガラリと変わり、宅配ピザブランドの加盟も次々と決まりました。ビジネスモデルに自信があるのにブランド力が無い段階では、他社のブランドを活用するのも一つの手なのではないかと思います。
中村講師:さらに出前館が順調に売上を伸ばす中で登場したUber Eatsに対して徹底的に戦うため、ビジョンを明確にするための「タグライン」を2019年に打ち出しました。出前館のサービスは「お店にとっても、ユーザーにとっても幸せが届く」ことだと位置づけ、「しあわせは すぐ届く」というタグラインを打ち出しました。これを機に、こだわっていた「夢の街創造委員会」の社名も「株式会社 出前館」に変更しました。
またイメージキャラクターにも力を入れました。キャラクターの条件を「老若男女、誰もが知っている人」、また「最近5年以上CMに出てない人」として絞り込み、オファーをしたのが浜田雅功さんでした。
「Demae-canの歌」は最も知名度を上げるきっかけとなり、ここから出前館の認知度は勢いよく高まりました。それでも、まだ自社だけではUber Eatsには勝てないのではという懸念から、LINEやYahooとの提携を実現し、2020年に私は社長を引退しました。
エムスリーのビジネスモデル=医療業界のDX
中村講師:出前館の後は、エムスリーという会社に行きました。こちらは一般的な露出をしない会社で、ブランド戦略とは真逆を行くものですが、それでも時価総額1兆円を超える、すごい会社です。
何よりもすごいことは、エムスリーは日本国内の医師総勢35万人のうち97%にあたる34万人が、ほぼ毎日「m3.com (医療従事者用専用サイト)」にアクセスしていることです。
エムスリーはIT・インターネットを活用し、「健康で楽しく長生きする人を1人でも増やす」こと、「不必要な医療コストを減らすこと」を企業理念として掲げています。
現在多くのクリニックで、予約システムや受付機、問診システム、電子カルテ、自動精算機などが導入されていますが、実はこれら全てがバラバラに動いています。エムスリーでは、電子カルテのシステムを中心として、前後の予約も、受付も、問診も、決済も、全部一気通貫で行うことを目指しています。
エムスリーの電子カルテの仕組みを導入すれば、スマホ1つで病状が分かる写真を事前に送信し、来院時間を予約して、待ち時間なしで診察を受けられます。事前送信した情報は、すべて診察室で確認することができ、診察と処方が終われば、ネット決済をして、すぐに帰宅することも可能です。
薬局との連携も進んでおり、薬局では薬を持ち帰るだけ、都内では診察当日中の薬配達なども実現しています。

エムスリーのブランド戦略
中村講師:エムスリーの電子カルテは、今ではトップシェアとなりましたが、売り出したときは、後発のためそれほど売れていませんでした。
「BtoB」向けのブランディングのひとつが、イメージキャラクターとして「ブラックジャック(©手塚プロダクション)」を起用したことです。医師が一番好きなキャラクターは、やはりブラックジャックであろうと予想していましたが、実際に「ブラックジャックの壁紙が当たるキャンペーン」を実施してみると、非常に多くの反響がありました。
また「B to B to C」向けの取り組みである、電子カルテを取り入れた「デジスマ診療」は、お客様である患者の方々から、クレジットカードでの会計、保険証も毎月出さなくていいから助かるなど、高い評価を獲得しています(Appleのアプリ・ストア評価で4.6。メディカルの分野では1位を獲得)。しかし特に宣伝はしておらず、SNS等の口コミで広がっています。
結果、デジスマ診療のユーザー数は増加傾向にあります。またクリニックからの評価も高く、受付の負担軽減により「患者のケアに力を入れられるようになった」「看護師さんや受付の方のストレスが減ったことで、経営的に楽になった」という声もいただいています。
出前館、エムスリーは両者とも非常に優れたビジネスモデルで、「B to B」「B to C」いずれにも大きなメリットをもたらします。企業は、営業利益を黒字化させて社員へ還元すること、また世の中に必要とされているビジネスモデルにこだわることが重要です。事業成長のプロセスに応じたブランド戦略は、こうしたこだわりから生まれ出てくるものではないでしょうか。
Profile: 関西大学在学中、女子大生のモーニングコール事業を立ち上げ学生起業家となる。卒業後、株式会社リクルートへ入社し1年目でトップセールスとなりMVP 賞を受賞。出産退職後、マーケティング等に関わった後に、日本最大級の宅配ポータルサイト「出前館」を運営する ㈱出前館の代表となり約 20 年にわたり事業を拡大。上場に導き、時価総額2 5 00 億円を超える会社へと成長させた。2022年よりエムスリーソリューションズ株式会社 代表取締役、エムスリー株式会社 取締役。
第2講「ワクワクする食の未来を生み出し続けるための深化と探索」
株式会社イートアンドホールディングス マーケティング戦略部 ゼネラルマネジャー
松本 吉浩 講師
松本講師からは、「外食事業」と「食品事業」の両輪で安定した成長を続けているイートアンドホールディングスの深化と探索の試み、一人のリーダーの誕生がもたらした変革からフィロソフィーの重要性などに関するお話を頂きました。
松本講師:「大阪王将」は1969年に京橋で創業しました。創業者の文野新造氏が「餃子専門店」として店舗数を伸ばした後、当時26歳で二代目社長となった文野直樹氏は、アントレプレナーシップを発揮して 会社を成長させてきましたが、これらのプロセスはBSMI陶山理事長と文野氏の共著『大阪王将の「超える」経営』(幻冬舎、2024)で詳しく紹介されています。
2002年には「大阪王将」から「イートアンド株式会社」に社名変更をして、新しい”食”の「+&」を生み出すことを目指してきました。その後2020年にホールディングス体制に移行すると、「イートアンドフーズ(冷凍事業)」「大阪王将」「アールベイカー」などの各事業、各ブランドはそれぞれ事業会社となり、迅速な意思決定のできる組織に進化しました。創業55周年を迎え、時代の変化を的確にとらえた新しい価値の創造へチャレンジを続けています。
外食事業・食品事業の両輪
松本講師:イートアンドは外食事業と、食品事業の2つで成り立っています。中でも、量販店や生協に販売している「羽根つき餃子」「ぷるもち水餃子」といった冷凍食品をはじめとする食品事業は、売上全体の半分以上を占めるまでになりました。
10年前の冷凍餃子は、保存できることが唯一のベネフィットで、「タレ」や「羽根」はありませんでした。しかし、お客様のインサイトやニーズを追求し続けた結果、冷凍餃子に「タレ」をつけ、「羽根」をつけ、いまでは「フタいらず」まで進化させています。様々な付加価値を追求したことによって、冷凍食品市場自体が約15年で3倍以上に伸長しました。
こういった持続的なイノベーションのには、開発者の構想力と技術が必要で、加えて工場の機能をいかに高めていくのかが重要です。つまり、お客様のベネフィットを高めるためには、積極的な設備投資と技術革新が不可欠です。
イートアンドグループは、外食と食品の両輪事業からなり、外食でのノウハウの蓄積、冷食でのブランド認知拡大に加えて、それらのシナジーも活かして成長してきました。また、事業基盤の「工場」のスケールメリットも拡大し、唯一無二のビジネスモデルを構築しています。

こうした、ワクワクする食の未来を生み出し続けるための「深化と探索」について、日本国内でもベストセラーとなった「両利きの経営」(C・A・オライリー、M・L・タッシュマン(著)、入山章栄、渡部典子(翻訳)、東洋経済新報社、2019年)に準えてお話していきます。
「深化」と「探索」
松本講師:私たちが考える「深化」は既存事業をしっかりと基盤強化することで、「探索」は新しいお客様を生み出すことです。「食品事業」がこの「探索」に当たり、これまで50年近く営んできた外食事業の経験・ノウハウを、冷凍餃子の開発に活かしてきました。
開発当時は、まだ冷凍餃子に対する期待は低く、「子供に食べさせておくのに丁度いい」など、求められる点は多くありませんでした。そのような中で「外食で食べるあの餃子の美味しさを、家で再現するにはどうしたらいいのか」を真剣に探り、食品事業をビルドアップしてきました。こうした工夫が他社の動きも加速させ、冷凍餃子市場は20年前と比べて4倍にも成長しています。
お客様のベネフィットに真剣に向き合い、それに対するソリューション・イノベーションを起こして価値を提供し続けることが、顧客創出に繋がる実感を得ました。これはまさに、「両利きの経営」で言うところの「探索」であろうと思います。
また食品事業が安定した収益基盤となったことを受けて、今度は外食・食品事業の両輪を持つ企業として「深化」をしていく必要があります。西日本エリアの新しい生産拠点となる九州工場の建設や新しい餃子開発など、餃子そのものをより盛り上げていく「深化」が重要です。ここには一切手を抜きません。
アールベイカーの深化と探索
松本講師:現在冷凍パンのフランチャイズとして展開している「アールベイカー」は、第二の「探索」の代表例です。2003年から開始したアールベイカーは、朝や昼・間食向けのパン事業であり、昼や夜に食べる餃子を補完するこの事業を進めていきたいという思いはずっとありました。
しかし黒字化したのはここ4年ほどで、それまではずっと赤字続きでした。創業当初、アールベイカーは「焼きたてパンが食べられるカフェ」として、外食事業として展開していました。店舗の2階でパンを捏ねて焼き上げ、1階のカフェで提供するスタイルで、売上は月商1,000万円を超えていましたが、利益は上がりませんでした。
その理由は、パンを作る過程で必要な「ホイロ(二次発酵・最終発酵)」にありました。発酵には早番の従業員が朝早くから店舗に入り作業をしなければならず、ここに大きな人件費がかかるため、利益が出ない構造となっていました。
松本講師:2012年、現在のアールベイカー社長である廣谷から「冷凍餃子のような革新を、パンで起こしたい」と提案がありました。もともと管理栄養士の専門学校を経て、6年間ベーカリーでパンの修行をしていた廣谷は、パン作りの重労働には、業界的な課題とビジネスチャンスを感じていました。
そこで廣谷は、冷食事業を通じて進化した冷凍技術を、冷凍パン生地づくりに生かし、パン作りの重労働を無くすこと、心と体に美味しいパンを作ることにこだわり、働く人にとっても、お店のオーナーにとっても持続可能なベーカリー事業を目指しました。こうしたパンや業界に対する思いがオーナーの共感を呼び、フランチャイズの展開においてもtoBに対するプル型の広がりにも結びついています。
2024年3月に山梨県甲州市に建設した、アールベイカー初のセントラルキッチンは、廣谷の思いやノウハウが詰まった冷凍パン工場です。この工場を起点とし、地元農家とのコミュニケーションや新しい発見や気付きが生まれ、ヒット商品が生まれるという、非常に良いサイクルが出来上がっています。
イートアンドの長期ビジョンには「ふとした気づき、ちょっとした工夫」という一節があり、これは餃子やパン等の各業態で大切にしていることです。お客様の困りごとや解決策を探っていくことを企業フィロソフィーとして大切にしています。
日本のパンは、欧米を含めたグローバル市場で戦えるコンテンツの一つです。そこで2025年3月にオープンした「アールベイカーうめきたグリーンプレイス店」では、内装に古民家の古木を利用するといったサステナブルへの取り組みとともに、インバウンド需要を取り込むための「茶せんで立てた抹茶の提供」といったコト消費への工夫を続けています。これらをSNSで発信しながら、海外のオーナーから共感してもらい、グローバルなフランチャイズ展開へつなげるといった次の成長ラインも見据えています。
「深化」と「探索」の先に
松本講師:「深化」に対してはしっかりと投資して基盤を固めながら、新しいお客様を生み出すための「探索」も常に行っていくことが必要です。探索のためには「ふとした気付き」が大切で、これを発見するために自分たちが持つリソースやノウハウの深化が必要なのです。つまり、自分たちのリソースや基盤を無視した多角化や展開は、失敗の原因となります。
イートアンドグループは「食のライフプランニングカンパニー」として日常のあらゆる食シーンに対して新たな価値を創造し、その対価をお客様から頂くことで成長をしていきます。これを一言で言い表したのが、「食を通じて、持続可能な社会の実現に貢献し、+&の発想で、わくわくする未来を生み出し続けます」というパーパスです。
パーパスに示す通り、「+&」の発想が伴わなければワクワクする未来はありません。またお客様との約束がないまま、単に対価をいただく訳にはいきません。お客様からしっかりと対価を頂けるよう、ベネフィット・バリューを生み出し続けることが重要だと感じています。
大阪王将は創業して半世紀以上が経ちました。創業以来ずっと成長を続け、結果的に新しいお客様や市場を生み出し続けてきたことが、イートアンドの現在につながっています。これからも成長し続けるために、「+&」の発想・気づきから、お客様のベネフィット・バリューを生み出すことに挑戦し続けます。
Profile: 1971年 大阪生まれ。神戸大学経営学部卒業。2003年イートアンド入社。大阪王将、太陽のトマト麺、アールベイカーなどの外食事業および、「大阪王将 羽根つき餃子」など量販店向け食品事業におけるマーケティングプロセスを推進、常に新しい顧客の創造に取組み、入社時には売上100億円に満たなかったイートアンドが300億円超まで成長を続けてきた。今も「日本一の食のライフプランニングカンパニー」を目指し、お客さまの生活課題解決、人生の「食の彩り」の創造に日々取り組んでいる。一般社団法人ブランド戦略経営研究所理事。
パネルディスカッション・質疑応答
(左から)陶山理事長、中村講師、松本講師
陶山理事長をファシリテーターとして、中村講師、松本講師とともにパネルディスカッションを実施しました。
中村講師からは、営業力の弱さを克服するためにエムスリーソリューションズを立ち上げ、年功序列を廃し成果主義を導入。育成制度や評価体系を整備し、若手の成長を促すことで、売上100億円超の組織へと成長させた実例をご紹介いただきました。
松本講師からは、冷凍食品事業の立ち上げにおいて、協力工場との共創や内製化によるコスト改善を通じて、売上200億円超を達成した際のお話をいただきました。
企業家精神の源泉として、松本講師は「ふとした気づき、ちょっとした工夫」を捉える旺盛な好奇心とスピード感を挙げ、中村講師は「世の中を良くしたい」という情熱が原動力だと述べました。さらに中村講師は、成功には「社長の情熱」「成長市場」「儲かるビジネスモデル」の3要素が不可欠である、とお話いただきました。
質疑応答では、失敗からの教訓として、成功後の慢心や過度な思い込みの危険性についても語られました。KPIに基づく事業撤退のルール化や、全員で成長を目指す組織風土の重要性も示されました。
閉会の挨拶
最後に、本フォーラムの後援団体である関西大学東京経済人倶楽部を代表して、関西大学東京経済人倶楽部会長/JLLモールマネジメント株式会社取締役会長の大津 武氏より、講演を受けて閉会の挨拶をいただきました。
お二人の講演を受けて、大切なのはビジネスのロジックだけではなく、新しい市場を創造する力とそれを実現する力の重要性、また自分自身を俯瞰的に見る力やお客様のニーズを探求する力であるとのご感想を頂きました。
総括
今回の東京第25回フォーラムは「新規事業の開発、市場創像とブランド戦略経営」をテーマに、二名の講師からお話しいただきました。講師をはじめ多くの皆様のご協力により本フォーラムを盛況のうちに終えることができました。ご講演いただきました講師のお二人には厚くお礼申し上げます。
| 2025/12/26 |


