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定例研究会開催レポート
【開催レポート】2026年4月度 東京第27回フォーラム
【開催レポート】2026年4月度 東京第27回フォーラム
「老舗企業の経営危機からの再興とリブランディング 」
「一般社団法人 ブランド戦略経営研究所」では、関西大学東京センターとの共催および関西大学東京経済人倶楽部の後援を得て「東京第27回フォーラム」「第13回丸の内ゼミナール」を2026年4月23日(木)に開催いたしました。
今回のフォーラムのテーマは「老舗企業の経営危機からの再興とリブランディング 」です。
高木 克典 当研究所事務局長(マックス・コム株式会社代表取締役)の司会のもと、はじめに関西大学東京センター・事務局長の西川 武志 氏から開会の挨拶をいただきました。
続いて、陶山理事長から本フォーラムの解題提起を受けて、二名の講師より講演をいただきました。その後、陶山理事長のコーディネートによるパネルディスカッションを行いました。
※資料は閲覧のみ。印刷禁止(講師・著者の権利を保護する約束のもと、掲載を承諾いただいています)
主催者開会の挨拶・オープニングスピーチ
はじめに:ブランド戦略経営研究所の概要と本日のフォーラム
陶山理事長:関西大学東京センター、関西大学東京経済人クラブ、そして一般社団法人ブランド戦略経営研究所の共催による「東京第27回フォーラム」ならびに「第13回丸の内ゼミナール」にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。
早速ではございますが、私どものブランド戦略経営研究所の概要と、本日のフォーラム・ゼミナールの解題をさせていただきます。
当研究所は、2012年に一般社団法人として設立され、2020年に現在の「一般社団法人ブランド戦略経営研究所(BSMI)」へと名称変更いたしました。
トップマネジメント、マーケティング、広告、知財など、ビジネスに役立つオールジャパンの全く新しいシンクタンクとして活動しております。

主な事業活動といたしましては、調査研究やフォーラムの開催、東京と大阪の2拠点での研究会、さらに知財・インターナルブランディング・消費者の3つの専門部会での研究会などを実施しております。その他、企業の皆様に向けた研修や講演なども積極的に行わせていただいております。
本日のテーマ

陶山理事長:本日のテーマは、「老舗企業の経営危機からの再興とリブランディング」でございます。皆様もご存知の通り、老舗企業とは創業以来100年以上存続している事業体を指します。
世界には約7万5000社の老舗企業が存在すると言われておりますが、そのうち4万社以上を日本企業が占めており、日本のビジネス社会において老舗企業が極めて大きな役割を果たしていることがわかります。
しかし残念なことに、倒産してしまう老舗企業も存在します。その業種の内訳を見ると、製造業が最も多く、次いで小売業、卸売業となっています。
長年伝統を守り続けてきたものの、昨今のウクライナ、イランや中東での紛争などに起因する原材料費の高騰、さらには人手不足や後継者難といった厳しい経営環境の中で、ついに力尽きてしまうケースが散見されます。
何世代にもわたって築き上げてきた信用やブランドは、経営判断の誤りで一瞬にして失墜してしまい、そこからの回復は非常に困難です。
ヒト、モノ、カネ、情報といった経営資産を用いて企業の再生を進める際には、単に提供する製品やサービスを見直すだけでなく、コーポレートブランドそのものを再構築していかなければなりません。すなわち、リブランディングが極めて重要な要素となります。
本日は、100年以上にわたって存続し、固有の強みを持つ老舗企業が、なぜ時代や社会の変化の中で経営危機や事実上の倒産に陥ってしまったのか、その原因と再興に向けた取り組みを探ります。
本日の講師の紹介
陶山理事長:本日の講師をご紹介いたします。 お一人目は、株式会社コロンバンの代表取締役会長である小澤俊文講師です。「できないを変える 既成概念を壊す~老舗洋菓子メーカー再建を通じて~」というテーマで、同社の25年に及ぶ減収増益経営の中で、ヒト、モノ、カネ、マーケット、技術、組織構造、採用、教育研修、商品開発力といったあらゆる機能が不全に陥った状態からどのように事業再生を進めてこられたのかについてお話しいただきます。
お二人目は、「オフィス タカノ」代表であり、株式会社たち吉の代表取締役社長を務める鷹野正明講師です。「『老舗』の未来のために」というタイトルで、たち吉の社長ご就任時に直面した顧客サイドおよび社内の厳しい状況、特にブランド価値の低下や顧客・地域とのタッチポイントの希薄化に対し、その歴史やアイデンティティを踏まえつつ、どのようにリブランディングを成功に導いてこられたのか、その取り組みを解説していただきます。
本日のフォーラムにおける4つのトピックス
陶山理事長:本日のフォーラムにおいて、皆様とご一緒に考えていきたいトピックスは以下の4点です。

1つ目は、歴史と伝統を持つ老舗企業の「強み」と、それが経営危機に陥った原因を整理することです。
2つ目は、老舗企業の経営危機からの再興・再建の「主体」は誰かという問題です。オーナー家や創業家といった社内の内部人材か、それともファンドや金融系機関、経営のプロ、コンサルタントといった外部の人材か。もし外部の人材が主体となる場合、その人物に求められる固有の姿勢や資質、能力とは一体何なのかを探ります。
3つ目は、老舗企業の再興、ブランド再構築、そして競争力向上に必要な具体的な課題と方策は何かという点です。
4つ目は、老舗企業に限らず、現代のサステナブルなウェルビーイング、あるいはリビングブランド社会において、中小・零細企業を含む現代企業が経営危機に陥ったりブランドが毀損したりするのを防ぐためには、何をどうすればよいのかという点です。
「強い」老舗企業の事例
陶山理事長:ここで、強い老舗企業の事例を2つご紹介します。

1つ目は、新潟県燕市の株式会社玉川堂です。創業は1816年(文化13年)と約210年の歴史を持ち、老舗の中では極端に長いわけではありませんが、1枚の銅板を鎚で叩き起こして銅器を製作する「鎚起銅器(ついきどうき)」の伝統技術を長年にわたって継承し、急須や薬缶などを製造しています。
現在の7代目である玉川基行社長は、「ブランディングとは独自の世界観を構築して競争相手を作らないことである」と述べており、「歴史を学び、歴史を担う自覚を持つ」というブランド理念を掲げています。
同社では流通改革を行い、工場見学や産業観光を積極的に推進するなど、伝統技術を受け継ぎながら強い企業ブランドを構築しています。

陶山理事長:2つ目は、大阪府八尾市の木村石鹸工業株式会社です。こちらは1924年(大正13年)創業で、ちょうど100年余りの歴史を持つ企業です。
家庭用の石鹸や洗浄剤を製造しており、国内でも珍しくなった昔ながらの鹸化法である「釜焚き製法」による手作りでの石鹸製造を行っています。
4代目の木村祥一郎社長は、「愛される会社、ブランドをつくろう」をミッションに掲げ、自社ブランドの強化とファンづくりに注力されています。
データやテクノロジーといった最先端の分野で活躍されていた知見を活かしつつ、工場直売イベントなどを通じて人が見えるコミュニケーションを図り、情報発信を行うことで強いブランドを構築しています。
ポストSDGs時代のブランド戦略経営
陶山理事長:強いブランドを構築するためには、「企業力」をベースに、「消費者」「技術」「商品力」「マーケティング力」「メディア」「BUZZ力(SNS等での情報拡散力)」「流通・店舗力」「ロジスティクス力」「地域」という10大要因が重要になります。
これら10大要因が一つのブランド・アイデンティティのもとに適切に組み合わされることで、初めて強いブランドが構築されるのです。
老舗企業であれ、比較的新しいベンチャーやスタートアップ企業であれ、これらの要因をどのように利活用していくかが、ブランドづくりにとって極めて重要な要素と考えられます。
以上、本日のフォーラムおよびゼミナールに先立ちまして、私からの解題とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。
Profile:一般社団法人ブランド戦略経営研究所理事長。関西大学名誉教授。京都大学博士(経済学)。『ブランド・エクイティ戦略』(共訳著、ダイヤモンド社)、『日本型ブランド優位戦略』(共著、ダイヤモンド社)、『よくわかる現代マーケティング』(共編著、ミネルヴァ書房)『インターナルブランディング:ブランド・コミュニティの構築』(共著、中央経済社)、『地域創生マーケティング』(共編著)などブランド・マーケティング研究の第一人者。日本商業学会元会長。
第1講「できないを変える 既成概念を壊す」〜老舗洋菓子メーカー再建を通じて〜
株式会社コロンバン 代表取締役会長 小澤 俊文講師
小澤講師:皆さんこんにちは。ご紹介いただきましたコロンバンの小澤俊文でございます。私は元々銀行員で、現在の三菱UFJ銀行、昔でいう三和銀行の行員をしておりました。
私はごく普通の銀行員でしたが、ちょうど取引先でもない企業である「コロンバン」という会社に、当時の銀行の大先輩が社長として就任しておりました。
その時のコロンバンの業績は、かつては130億円ほどあった売上が30億円くらいまで落ち込んでしまっていた状況だったのです。
銀行から「このままコロンバンに融資を続けていいのか判断しろ」ということで、私は再建のためではなく、その判断のために派遣されました。
当時の役割は監査役であり、私はこの会社へ監査に行きました。しかし、社長は銀行の大先輩であり、当時の頭取と同期だったため、あまり言いたいことを言えないような環境でした。
かつての経営陣とコロンバンの歴史

小澤講師:なぜそんな優秀な人が社長をやっていて業績が悪化したかと言いますと、昔の銀行の店長や部長というのは、実務は他の人に任せ、接待をして終わるような状況が少なからずありました。
当社は老舗と言っても創業102年です。102年というと老舗の中ではまだひよこのようなものですが、洋菓子業界においては最も古い企業の一つです。
当社の創業者である門倉國輝は、1924年(大正13年)に会社を立ち上げました。彼は日本で初めて単身でフランスのパリへ修業に行き、ホテル・マジェスティックなどの有名な場所で修業を積みました。
最後に「コロンバン」という当時のフランスで一番の洋菓子店で修業し、そこの経営者に見込まれて暖簾分けを許されました。ですから当社の最初の名前は「コロンバン東京支店」でした。
日本で一番古くから本格的な洋菓子を作ったのがコロンバンであり、洋菓子業界では一応老舗ということになっています。
門倉國輝がいた頃は、天皇の料理番であった秋山徳蔵氏と並んで称されるほどの人物でしたから、独立した時には大変な人気で、出せば売れるという絶頂期でした。売上のピークは130億円、140億円に達していました。

小澤講師:その後、息子さんが後を継ぎましたが、不幸にも亡くなってしまいました。
その時に銀行から、管理部長をやっていた某先輩が社長を引き受けたのですが、元々経営者になるつもりで来ていたわけではありませんでした。管理本部長として、創業家一族がいる中でなんとかやっていこうとしていたのですが、経営者が突然亡くなったことで社長になってしまったのです。
彼は銀行員でしたから、お菓子のこともマーケットのことも知りません。ただ非常に頭のいい方で、すぐに財務諸表に目を向けました。
当時コロンバンは日本で一番のお菓子屋さんと言われるくらい、銀座をはじめ日本全国の一等地にたくさんの土地を持っていました。
お菓子を作っても売れなかったり、自分で発案したお菓子が売れなかったりすると、ロスがどんどん出ます。百貨店の洋菓子ケースには生菓子がいっぱい入っていますが、そこを空にすると百貨店に怒られるため、最後までいっぱいにしておく必要があります。すると残ったものは全部捨てるしかなく、結果として生菓子は赤字になっていました。
そこで前社長は、売れ残って捨てるような洋菓子を作るくらいなら、売れ筋だけに絞れと指示を出しました。
コロンバンはショートケーキの発祥の地ですので、ショートケーキ、それからサバラン、そしてオペラというチョコレートケーキの3つしか作ってはいけないという状況になったのです。
また、当時のコロンバンは百貨店への依存率が85.6%、ある有名なテーマパークでのシェアが10%で、この2業種に95.6%も依存していました。
そうなると一般の営業担当は不要になり、ルートセールスで御用聞きをするだけの人ばかりになってしまいました。
このままでは、財務面でも工場の面でも間違いなく潰れる。人もいないし、設備も悪い。私は客観的な財務分析や状況を報告し、銀行に危機的状況を伝えようとしました。
しかし、歴史を調べていくと、コロンバンが日本で最古の洋菓子店であることが分かりました。
文化的な価値はもちろんのこと、宮内庁御用達の看板を掲げており、園遊会のお菓子もすべてコロンバンが納めていました。そうした社会的な役割を考えた時、ただ単に私の判断でこの会社を潰すことが正しいのか躊躇しました。
「やはりこの会社は残す価値があるかもしれない。ただし、誰かがやってくれるのだろう」と思い、「この会社は価値があるから残した方がいいですよ」と銀行に報告しました。
すると役員会で「誰がやるんだ?君が残せと言うのだから、君がやれ」と言われ、結果として私にお鉢が回ってきて、再生をやらせていただくことになったのです。
社長就任と当時の深刻な課題
小澤講師:当時のビジネス形態は、不安定な「フロービジネス」でした。
例えば、クリスマスケーキが今年1000万円売れたとしても、来年も同じように売れる保証はありません。他社も必死で開発競争をしています。財務力が弱いのに、計画性や予測が立たない効率の悪いビジネス形態でいいのかという問題がありました。
もう一つは、工場と言っても労働集約型であったことです。何十人もの人が並んで生ケーキを一生懸命作り、クッキーの箱詰めもすべて手作業で行っていました。人が集まらなければどうするのかというほど効率が悪かったのです。
さらに深刻だったのは、経営資料が数値化されていなかったことです。
私は銀行時代に使っていた日計表を元に、店舗ごとの売上、月や日次の目標を管理する表を作りました。それまでの会議は、「今日はたくさん売れました」といった報告ばかりで、100万なのか1000万なのか具体的な数字がまったくありませんでした。
前社長の体制では、不動産を売って利益を出していたため、社員たちは商品の売上に関心を持っていなかったのです。
ですから、私が数字を求めると、最初は面倒くさがられました。「前の社長は優しかったのに」と言われる始末でした。

しかし、私は「このまま行ったらこの会社は10年で潰れます。再生するのは私ではなく皆さんです。10年後もこの会社でやっていきたいなら一緒に戦うしかない」と伝えました。
当時のミッションは、お金もない、新しい設備も作れない、広告宣伝費もない、時間もない(あと10年で潰れるため)という無い無い尽くしの状況から抜け出すことでした。
まずは3年ごとの中期計画を立て、3年間でなんとか工場を作りたいと考えました。メーカーですから工場がなければ何もできません。そのためには、まずはヒット商品を作り、売上を上げなければなりませんでした。
再生への第一歩

小澤講師:ヒット商品を作ると言っても、私は元々銀行員で、お菓子のことは何も知りません。しかし何が何でもやらなければならない。
私は、コロンバンのサブレが最高に美味しいことに目をつけ、この美味しいサブレ生地にチョコレートを掛けて売ってはどうかと考えました。当時、東京駅にはそういったお菓子があまり売っていませんでした。
社員に提案すると、「銀行から来た人はダメだ。そんなものができるならとっくに作っている」と猛反発されました。そこで私は、「それなら皆さんが良いアイデアを出してください。時間との勝負だから3ヶ月待ちます」と伝えました。
結局、20年以上「新しいものを作るな」と言われてきた社員たちからアイデアは出ず、私が提案したチョコ掛けサブレを作ることになりました。
現場の意識改革と成功体験
小澤講師:完成した商品は本当に美味しく、銀行時代の取引先に配っても大好評でした。満を持して東京駅で販売を開始しましたが、1週間経ってもまったく売れたという報告が上がってきません。
社員たちは「社長が失敗してざまあみろ」という顔をしていました。 実際にお店に行ってみると、かつて百貨店でしか商売をしてこなかったため、販売スタッフがおとなしく立っているだけでした。
「お客さんが来たら売ってあげますよ」という態度だったのです。しかし新商品ですから、誰も知りません。
小澤講師:私は届出をして許可をもらい、法被をかぶって店頭に立ち、自らお菓子を持って試食販売を行いました。
「新商品の試食です!」と声をかけると、お客さんがどんどん集まってきて、美味しいと言って買っていってくれました。その日から3ヶ月間ずっと完売が続き、一気に年商で1.2億円ほどのヒット商品になったのです。この「東京サクサクチョコ」の成功で、様々なことが分かりました。

小澤講師:自分たちはできない、お菓子は美味しくないと思い込んでいた社員たちの目の色が変わりました。
私が3ヶ月間現場に付きっきりでやった後、社員たちが自ら動くようになり、製造現場も「これは売れる」と活気づいたのです。
一つのヒット商品を生み出したことで、社員の心と行動が変わり始めた瞬間でした。
ビジネスモデルの転換:フローからストックへ
小澤講師:次に着手したのは、ビジネスモデルの根本的な転換です。
銀行業は、お金を貸せば利息が入り続ける「ストックビジネス」が得意です。一方、当時のコロンバンは、毎年ゼロから開発競争を勝ち抜かなければならない不安定な「フロービジネス」でした。
私はお菓子屋でもストックビジネスができないかと考えました。

小澤講師:そこで目をつけたのが、昔からあるクッキーの詰め合わせ「フールセック」です。中身は美味しいものの、見た目に特徴がないこの商品の「缶」の蓋に、大学や企業のロゴマークをプリントして販売することを思いつきました。
最初に東京大学で採用していただき、「大学缶」として販売したところ、入学式や卒業式で地方から来た親御さんたちが、ご近所へのお土産として段ボール単位で大量に購入してくださるようになりました。「東京大学のクッキー」は、言葉にしなくても誇らしいお土産として非常に喜ばれたのです。
この大学缶の素晴らしいところは、毎年必ず入学式や卒業式などの行事があり、毎年安定した注文が入り続けることです。さらに、これを見た様々な企業からも、創立50周年や100周年の記念品として「企業缶」の注文が殺到するようになりました。
この仕組みによって、年間4000万円程度だったフールセックの売上は、一気に6億円へと成長し、安定したストックビジネスの柱となりました。
企業再生に必要なリーダーの条件
小澤講師:企業再生の初期段階では、トップダウンの「文鎮型」でリーダーが強力に引っ張っていくしかありません。しかし、それだけでは組織は長続きしません。
企業の体力が回復してきたら、同時並行で人材を育成し、働く人々の「心」を変える必要があります。 一番大切なことは、働く仲間の不安を取り除き、「やればできる」という自信を持たせることです。
「自分たちにはできない」と思い込んでいる社員を信じさせるためには、上に立つ人間の「熱意」が不可欠です。熱意がなければ何も伝わりません。
そして、「凡事徹底」。ゴミが落ちていたら拾う、朝会ったら挨拶をする。そうした当たり前のことができない人に、素晴らしい仕事はできません。
また、社内では「難しい」「無理」「できない」という言葉を禁止しました。これらの言葉は思考停止の免罪符であり、どんなに苦しい状況でも、どうすればできるかを考え抜く姿勢を求めています。
おわりに:経営者の心構え
小澤講師:経営者として最も重要な心構えは、「経営者が諦めたら終わり」ということです。企業は、他の誰が諦めようとも、経営者さえ諦めなければなんとかなります。
そして、自分の会社のことを誰よりも深く知ってください。会社の実態を知らずに分かったようなことを言っていては、経営は立ち行きません。
私自身のモットーは、「健康」「信頼」「感謝」の3つです。経営者が病気になれば、会社も病気になってしまいます。私は70歳を超えましたが、毎週10km走り、毎朝300回の腕立て伏せをして健康を保っています。
経営者自らが率先して健康に気を配り、社員から信頼され、感謝の気持ちを忘れないこと。これが、困難な時代を乗り越えるために経営者が持つべき姿勢だと考えています。
Profile: 1953年 神奈川県出身。1976年 三和銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。支店長や公務法人部長、参与などを経て、2004年 株式会社コロンバンの監査役に就任、2006年に代表取締役社長に就任し経営改革に取り組む。2025年 代表取締役会長に就任(現在に至る)。経営不振の現状分析、再生実現化に向けて、数値の見える化、販路拡大、商品開発、新ビジネスモデルなど再生・改革を実現。2018年には協同組合全日本洋菓子工業会の理事長に就任し、幅広く業界活動に尽力している。
第2講「老舗の未来のために」
株式会社たち吉 代表取締役社長 鷹野 正明講師
鷹野講師:皆様、こんにちは。たち吉の代表取締役社長を務めております、鷹野正明です。本日は「『老舗』の未来のために」というテーマでお話をさせていただきます。
私は元々、航空自衛隊の戦闘機乗りやプロのレーサーを目指していましたが、縁あって1981年に伊勢丹(現・三越伊勢丹ホールディングス)に入社しました。

最初に配属されたのは婦人服のヤングスポーツウェア部門で、そこからバイヤーとして10年ほど経験を積み、伊勢丹でしか買えない「オンリーアイ」という企画を立ち上げて社長賞を2度受賞しました。
その後、松戸店の店長時代には働き方改革を立案し、新潟三越伊勢丹の社長として赴任した際には、三越との統合直後の逆風の中で歴代最高利益額を達成しました。
そして伊勢丹新宿本店長を5年務め、お正月の2日を定休日にする働き方改革や、女性主役のプロジェクトを推進しました。

中でも私の原点となっているのが、「This is Japan」というプロジェクトです。日本の各地にある文化、歴史、職人の技にフォーカスし、世界へ発信していくという取り組みです。
例えば、新潟では県独自の食文化や習慣にカルチャーショックを受けつつ、「新潟越品」というブランドを作って県内の優れた品々を集めました。


福井県では、ワコールの高級ブラジャーを縫製する職人の「1針、1ミリ、1秒」にこだわる真摯な姿勢を店舗で発信しました。
また、京都の中川木工芸によるドン・ペリニヨンのシャンパンクーラーや、存続の危機にある京友禅をあしらった茶箱の制作、有田焼創業400年事業における佐藤可士和氏や奥山清行氏らとの協業など、日本の伝統を現代の文脈でリブランディングする数多くの企画を手掛けてまいりました。
たち吉 就任時の状況と課題

鷹野講師:私が社長に就任した際、たち吉は非常に厳しい環境に置かれていました。
まず外部環境として、陶磁器業界全体が縮小しています。産地や職人、伝統工芸士が減少し、耐熱陶器に欠かせないペタライトという原料を海外が買い占めていることで価格が数倍に高騰するなど、深刻なコスト増に直面しています。
さらに、低価格帯のライフスタイルショップが台頭する中、小売業界全体(特に百貨店)が和食器から洋食器へとテイストをシフトさせており、たち吉の展開売り場はどんどん縮小されていました。
それに追い討ちをかけたのがコロナ禍です。これにより約60店舗の直営店を閉鎖せざるを得なくなりました。また、サイバー攻撃を受けてオンラインビジネスの顧客データ(約5万人分)をリセットせざるを得ない事態にも見舞われていました。
顧客の状況も深刻でした。顧客の平均年齢は57歳と高齢化が進んでおり、東日本でのブランド認知度は極めて低く、「たちよし」と読まれてしまうことすらありました。
商品展開においても、結婚式の引き出物などで重宝された「湯呑みのセット販売」といった過去の成功体験に固執し続け、単品買いを求める現代の顧客ニーズから完全にズレていました。
リアル店舗の減少で顧客とのタッチポイントが失われる中、売上の約半分をアウトレット店舗が占めるようになり、ブランドイメージの希薄化と低下を招いていました。
また顧客管理システムも存在せず、お客様との接点を自ら絶ってしまっているような状態でした。
たち吉 社内の構造的課題

鷹野講師:社内の状況も目を覆うものがありました。ファンド体制下での8年間にわたる過度なワンマン経営が続いていたため、社員は下を向いて仕事をしており、優秀な人材は流出し、社内の雰囲気は最悪でした。
社員たちは指示を待つだけの姿勢になり、自ら新しい商品や企画にチャレンジする意欲も、時代の変化を読み取るマーケティングの視点も失われていました。 また、縦割りの組織風土が根強く、店舗運営部と商品部の間で情報共有や横の連携がほとんど行われていませんでした。
さらに、売上の一部を特定の企業のキャンペーン商材(ノベルティなど)に大きく依存しており、契約が終了すれば一気に売上が消滅するという極めて不安定な収益構造でした。

このように、かつては独自の陳列手法や創作陶器の開発で時代の開拓者であったたち吉ですが、私が就任した時点では、自分たちが「何を売っている会社か」すら見失い、ブランドの価値が根本から揺らいでいる状態だったのです。
過去の「たち吉」の栄光とブランドの現在地
鷹野講師:たち吉の隆盛期を振り返ると、常に業界における時代の開拓者でありました。
ギフトニーズに対応した独自の陳列手法や創作陶器の開発、お得意様を招く大型店外催事「橘展」など、数々の革新的な商法を展開してきました。

しかし、私が社長に就任した時点では、そうしたブランド価値が薄れてしまっていました。自分たちが「何を売っている会社か」という認識が弱く、悪い意味での「うつわ屋」という意識から脱却できずにいたのです。
過去の成功体験に固執し、新しい挑戦ができていないこと、そして何より、直営店舗の大幅な減少によってお客様や地域とのタッチポイントが失われていることが大きな課題でした。
ブランドの本質と日本のマーケットにおける役割

鷹野講師:「ブランド」とは一体何でしょうか。
私は、「生活者から見て独自の役割を持ち、生活者の感情移入が伴ったモノやサービス」だと定義しています。物語を持ち、歴史や文化、技術を誇り、お客様が憧れる存在であり、ファンを獲得していることが重要です。
先日、シャネルの日本法人で長年トップを務められたリシャール・コラス氏(現タサキ社長)が、「日本企業は物語を紡いで付加価値を高めることが不得手だ。シャネルのバッグを買う人は、ただバッグを求めているわけではなく、ココ・シャネルの精神をも含めて買っている。それぞれの物語は説明しないと消費者に伝わらない」と語っていました。
この「物語」をお客様に伝えていくことが、これからのブランディングには欠かせません。
リブランディングへの取り組み
鷹野講師:リブランディングへの地ならしとして、まずは社内の風土改革に着手しました。
最初に掲げたミッションは、「地域文化、伝統工芸、職人さまを未来へ紡ぐこと」「京都、日本の空気感を世界へ発信すること」、そして「作り手とお客様を繋ぐ架け橋となること」です。そのためには、経営トップ自身が自社の商品を誰よりも大好きであることが大前提となります。

鷹野講師:また、女性社員を中心とした「なでしこ会議」を立ち上げ、新しいアイディアを提案してもらう場を作りました。さらに、縦割りの組織を見直し、横のつながりを徹底させたほか、無駄に多かった会議を1つに絞り、お客様の声を聞くために現場へ出ることを推奨しました。
不当な理由で退職させられた優秀な元社員を呼び戻す「アルムナイ採用」や「リファラル採用」にも取り組みました。
事業構造の改革としては、全く行われていなかった「OTB(Open To Buy)」に基づく在庫管理を導入し、仕入れと売上のバランスを適正化しました。販路の再設計も行い、直営店の運営コストを見直して、百貨店への「卸売り」という形に切り替えることで、約40店舗の展開を復活させました。
さらに、自社での検品・物流機能を外部委託化する「ファブレスへの回帰」も進めています。


鷹野講師:かつてのたち吉は定番の和柄商品が中心でしたが、これからは現代のライフスタイルに合わせたカラーバリエーションの豊富なお重や、電子レンジでご飯が炊ける土鍋、ピンク色の器など、新しく可愛らしいデザインも積極的に取り入れています。
過去の伝統と歴史を大切に守りながらも、時代の変化を先回りして新しいことに挑戦していく。それが、老舗企業である「たち吉」がこれから進むべき未来だと確信しています。
Profile:1958年 東京都新宿区生まれ。海城高校、明治大学卒業。大学時代には体育会自動車部主将としてモータースポーツに熱中、卒業時にプロドライバー契約の話を頂くも家族の反対で断念。1981年 株式会社伊勢丹(現株式会社三越伊勢丹)入社。松戸店店長、(株)新潟三越伊勢丹代表取締役社長を経て常務執行役員 伊勢丹新宿本店長。2017年 飲食のサイト運営を行う(株)ぐるなびの取締役副社長、韓国ロッテデパートの戦略アドバイザー、老舗百貨店「川徳」の取締役などを経て現在、株式会社たち吉 代表取締役社長。株式会社ブックオフグループホールディングス、株式会社ウィザスの社外取締役も兼務。
パネルディスカッション・質疑応答
陶山理事長をファシリテーターとして、小澤講師、鷹野講師とともにパネルディスカッションを実施しました。
小澤講師からは、過去の成功と豊富な資産に頼りきり、社内に危機感が欠如したことが経営危機の最大の要因であったこと、そしてトップ自らが現場に入り込み、自社の現状を徹底的に把握することの重要性をお話しいただきました。
鷹野講師からは、過去の成功体験に固執して現代のマーケットニーズから乖離してしまったことが衰退の原因であり、社員に新たな役割を与え、自発的に参加できる組織風土を作ることが再生の鍵であるとお話しいただきました。
困難な企業再生に取り組む原動力として、たち吉の鷹野講師は「日本の素晴らしい地域文化や伝統工芸に光を当て、世界へ発信したい」という使命感を挙げ、コロンバンの小澤講師は「お菓子を通じて人を笑顔にし、幸せにしたい」という創業者理念への深い共感が原動力だと述べられました。
質疑応答では、社員の意識改革が議論され、トップ自らが現場で汗を流して仕事の面白さを体感させることや、新しいことに挑戦する機会を与え、成功体験を積ませることの重要性が強調されました。
閉会の挨拶
最後に、本フォーラムの後援団体である関西大学東京経済人倶楽部を代表して、会長の大津 武氏より、ご講演を受けて閉会の挨拶をいただきました。
かつての日産自動車の再生を例に挙げながら、老舗企業であっても常に新しいことに挑む「新規性」の重要性や、お客様の期待に機敏かつ丁寧に寄り添い、社員のモチベーションを高めていくことの大切さについてのご感想をいただきました。
総括
今回の「東京第27回フォーラム」「第13回丸の内ゼミナール」は「老舗企業の経営危機からの再興とリブランディング」をテーマに、二名の講師からお話しいただきました。講師をはじめ多くの皆様のご協力により本フォーラムを盛況のうちに終えることができました。ご講演いただきました講師のお二人には厚くお礼申し上げます。
当記事は、編集部要約版となります。
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| 2026/05/12 |


